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私の使命 [人生のチャレンジ]

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この度気づいた私の使命について・・・。

私は「遺伝子異常」という現代医学では、完治できない身体を持って生まれてきました。
でも、不思議なことに何人かの人々が、
「いや、方法はわからないんだけれど、あなたは治るって出てくる。」
理性的に考えればありえないと、戸惑いながらそう口にする人、ヨギや直感者に会っているのです。
そんなわけで私の好奇心と治りたい欲がむくむく動き出して、
精神世界、オルタナティブ医療と呼ばれる世界にずぶずぶはまり込んできたわけです。

はまってわかったことは、私達には肉体の外側にオーラともサトルボディとも呼ばれる
光の帯があり、ここの情報が肉体を創り出すのに関与しているということでした。
また、オーラにはチャクラと呼ばれるエネルギーセンターがいくつかあり、
このうちの7つが内分泌と密接に関わりがあることも理解できました。

そして、迎えた2012年という地球のアセンションにともない、
人間が5次元にアセンションする条件を学び、
光の性質を正しく学び、使うことの重要性を知りました。
誰でも学び正しく使えるようになれば、5次元へは上がれるのです。
これは3次元の限界を突破する方法なのだと私は思いました。
けれど、この情報をチャネルしていた女性は、
習得が必要なうちの7つまでを明かした状態で、
肉体の死を迎え、アセンションされました。
5次元にアセンションするには12の光線を学ぶ必要があるのです。
まだあと5つの光線について、情報が開示されていなかったのです。


私は、開示されている7つの光が偏っていることが気になっていました。
色や光の3原色やオーラソーマのカラーローズのようにバランスの取れたものではないからです。
そして、実際自分のヒーリングには、
時々、必要とする聖なる炎は1~7を越えたものになります。
数字を特定することで、必要なマスターと天使に呼びかけられますから、
適切な光線(聖なる炎)は与えてもらえますので、身体は軽くなりますが、
疑問が湧きます。

「この光は何色なの?」
「どういう性質の光なのかしら?」 と・・・。

もちろんすごく辛い時にはこのようなことを考える余裕もありませんが・・・。
私は私の身体を癒すためには、
他の人が考えなくてもいい部分も考えざるを得ないところがあるのです。
また、ブームのように2012年が目に見える形で変化しなかったからと熱が冷めることもありません。
身体と痛みという現実が何時でもここにあるからです。
そうして気づかされた私の使命は、
アセンションのためのあと5つの聖なる炎について明かすこと。

躊躇いは今もあります。
正直、気づいた瞬間はパニックになったし、否定しました。
落ち着いてからは、アダマさんに呼びかけ確認を取りました。
その答えは、テロスだけの情報ではないので、
私がテロスジャパンの公式チャネラーである必要もなく、問題ないらしい。
私は人間の進化に必要な光を学んでいるだけなのだということ。

今回の写真は私が1番最初に買ったオーラソーマジュエリーです。
(このモデルは現在残っていません。)
これについてくるマイクからのメッセージは、
「あなたがこの石を身につけることで、あなたは光に関係した何かを創り出す人になるでしょう。(後略)」
であり、B86は特別な効能として遺伝子操作の研究をしている人を助けるボトルです。
十年以上も前に届いていたこのメッセージが、
形を伴って見え始めてきたのです。

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コーザル体 [人生のチャレンジ]

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派手な二度寝をして先程目覚めました。
ちゃんとゴミ出しに間に合うように普通に起きたのですが、
メールチェックなどをしているあいだに身体が痛みだし、
あまりの激痛にヒーリングが終わったら意識が飛んでしまったというのが正しい。
夕べも夜中に痛みで一度目覚めてしばらく眠れなくなったことも、影響したのかもしれません。

最近の私を煩わせるのは、第3チャクラと第4チャクラ、時々ベースチャクラです。
これらの場所のいくつかの階層を繰り返しヒーリングしています。
頻繁なのは12から8階層ですが、
もっと深くが必要なこともあり、
ずっととんでコーザル体をと言うこともしばしばです。

コーザル体はパートナーが帰ってくると同調により痛み出しやすいので、
何か私と彼との関係にカルマ的なものがあるようですが、
過去よりも未来に関係していると、ハイアーセルフは言います。


一般にコーザル体というのは、肉体からエーテル体、アストラル体、メンタル体ときて、
コーザル体があると言われていますが、
私の体験と体感から観るに、
こんなに単純ではないと思われます。
バーバラ・アン・ブレナン女史だって「光の手」で、
エーテル体、感情体ボディ(低次アストラル体)、精神体ボディ、アストラル体・・・・・と、
オーラの階層を振り分けておられますから、
アストラル体の次がメンタル体とは一言には言えません。

とても興味深いのが、コーザル体をヒーリングすると、
順次ヒーリングが必要になるのは、精神体なのです。

よく魂と感情は直結していると言われるので、
魂の領域であるコーザル体をヒーリングしたなら、
感情レベルにもヒーリングが必要なのではないかと思っていたのですが、
実際は逆で直結しているからこそコーザル体をヒーリングしたら、
感情に関わる部分は一緒に癒されてしまうのかもしれません。

そして、どこをヒーリングしようとも、最後にヒーリングが必要なのはエーテル体なのです。
ここをしないと肉体レベルの苦痛が消えない。


面倒くさいことこの上ないのですが、
こういうことを繰り返してDNAレベルの情報の書き換えが出来るのなら、
遺伝子異常というものに対する治療法もありではないかと思うのです。

実際、こうしたヒーリングによって背骨や体組織が動くのを何度も経験しているのですから。
可能性はゼロではないと思っています。
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自立と依存 [人生のチャレンジ]

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我が家の月下美人、昨晩今年2度目の開花がありました。
今年は2回とも3つの蕾が同時に咲くというパターンです。
ほかの葉に小さな蕾がついているので、もう一回咲かせられるかもしれません。
月下美人は乾期に花をつけるので、蕾のついている間は水やりが出来ません。
この時に、水をあげてしまうと蕾は育たずに落ちてしまうのです。
夜にのみ開花するとかいろいろ不思議な花です。

しかし、植物である月下美人は、他と違う生命サイクルを持っていても、
基本自立した存在です。
私達はきれいな花が観たいからと、
水やりや剪定などをしますが、
これがなくても環境が合えば育つし、花をつけます。

人間はこのようにはいきません。
人間は他者に依存しないで生きていくことは出来ないからです。
この依存というものを理解できないという人がいます。
自分は誰にも頼らず生きていると勘違いしている人も多いです。
けれど、コンビニで買うおにぎり1つだって、
他者が関わらずに作られ、店頭に並ぶということはないのですから、
社会のなかで暮らしている人は、
皆、誰かの力に依存しているのです。
服から靴まで、食べ物や飲み水にいたるまで、
全てを自分だけの力で作りだしているという人はいないでしょう。
このように理解できるので、私は都会のなかでお一人様人生を過ごしていても、
独りで生きているとは感じていないのです。

では、自立できているのかと問われれば、「NO」としか応えられない。
私の肉体は、健常者のように頑健ではなく、
健常者と同じ振る舞いは出来ないので、
普通に求められることもこなしきれないものがある。
9時から5時までの勤務だって2・3年勤めては倒れるを繰り返していた。
残念ながら鍛えれば強くなるという身体構造をしていないのです。
ただ、こういうことも失敗を繰り返しながら50年生きてきたから理解が及ぶに過ぎない。

親に経済的に依存されていたゆえに、
反動として反依存状態にも陥っていた時期もある。
そうして考えると、
身体の状態には変化はないけれど、
心はずいぶん健康になってきていると思えるのです。

あとは何処で自分が現実の中で折り合いをつけるのかだけなのかもしれません。


参考目からウロコ!「自立とは何か」http://buzzmag.jp/archives/83038?utm_source=Facebook&utm_medium=FBpage

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ライフ・レッスン 私の場合 [人生のチャレンジ]

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ベストセラーの「死ぬ瞬間」の著者、故エリザベス・キューブラー・ロス博士は、
最後の著書において人生には15のレッスンがあり、
誰しもが生涯において、15に分類されたレッスンのテーマを1つを学んでいると、
書き残しています。
まれに、2つのテーマを学んでいる人もいるらしい。

ロス博士の分類した15のテーマは、
ほんものの自己

人間関係
喪失

罪悪感
時間
恐れ
怒り
遊び
忍耐
明け渡し
許し
幸福
最終レッスン  と、なっている。


2001年発行のこの本を読んだ頃の私は、
自分のテーマは「許し」だと感じていました。

けれど、今日自分の人生を振り返ってみると果たしてそうであるのかの疑問がわく。
ジャッジを入れずにハイアーセルフに訊いてみたら、
私のテーマは「恐れ」であるという。
そう聞くと、自分のリピーティングナンバーが、「7」であり、
オーラソーマの7番ボトルが、ゲッセマネの園というボトルであることと符合する。

イエスがユダの裏切りを知り、自分が遠からず捉えられ殺される運命にあることと
向き合った場所の名のついたこのボトルのテーマは恐怖の克服であり、
この克服には神(宇宙)への全幅の信頼という信仰が根底にあるボトルです。

数あるハートボトルのなかでも、私には反応が激しすぎてなかなか使うことが出来ない
1本です。
7番のボトルは、
イエロー/グリーンというシェイクするとオリーブグリーンになるコンビネーションですが、
出生図でみると乙女座にほとんどの惑星が集中してしまった私は、
乙女座がオリーブグリーンと関係しているので、ここもまた符号するものがいくつもある。

基本、ほとんどの占いで金運がいいと出てくる私が、
生活保護というじり貧の生活をしているのは、実は変な話である。
これは、明らかに自分のエネルギーがお金を受け取ることを拒んでいるからなのです。
何故拒むのか。
父にお金を要求されることを恐れているのです。
余裕がなければ、渡す必要もないし、
父も要求することはない。
実際、この数年は父のほうが高収入なので、
私は初めて父と一緒にいる時には、自分の財布を出さずに食事に行けるという、
娘らしい立場を経験している。
以前の私は昔の親子が逆転したような関係性を、「許し」のレッスンと捉えていたのです。

でも、別の視点から見れば、
父からのお金の要求という恐れと戦い続けていたというのも事実。

健康体にはなれない自分の身体をベストに引き上げ続けることも、
肉体のコントロールを失う恐れであったと理解できる。

この他、恐れがテーマであるとするなら納得するものが人生に幾つもある。


さて、理解が及んだのなら、これからは、
「恐れ」のエネルギーをポジティブに変換させて使っていくだけです。
恐れとしてだけこのエネルギーを使わずに済ますことも出来るのですから。
そして、今ここに寛ぐことは7番ボトルに現れている大事な学びでもあるのですから。




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ブッティ体は6次元 [人生のチャレンジ]

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久しぶりに餃子が食べたくなって自分で作りました。
最近、お肉が食べられるように戻っているのですが、
菜食のほうがやはり落ち着きます。
餃子はお肉を使わないお豆腐ベースのが市販品より美味しく感じるのです。


さて、自分を癒すためにブッディ体やアートマ体のヒーリングと向き合う
毎日となっていますが、
これはマスターと天使のサポートなしではできません。
5次元の聖なる炎の神殿に行く瞑想によりそれぞれの炎の管理者マスターと大天使という
守護管理体制は、他にも通じているものであると感じたからです。
けれども、まだ激痛が続いている頃のある時のヒーリングで、
ヒラリオンが
「自分に与えられている権限のヒーリングは出来るが、
これを越える範囲のものは手出しはできないから、すぐに痛みが戻ってしまう。」
とこうことを、話してくれました。
これにより、私の障害は宇宙の法則によるものであることを思い出し、
これを管理するのは5次元を越えていることを理解したのでした。

一般的な病気なら、原因階層は深くてもカルマレベルのもので、
カルマはコーザル体にあるので、
5次元のマスター達ならヒーリングが可能なのです。
(彼等がそれに手を貸してくれるかどうかは個人の霊的レベルが関係しています。)
けれども、そこを越えたヒーリングが必要である私が向き合っているのは、
単純に考えても6次元や7次元ということになっていきます。

サトルボディについての体感において、
コーザル体までは肉体の外に拡がっていく感じですが、
ブッディ体やアートマ体はいきなり肉体の内側にその在処を感じます。
なので、深く深く自分と向き合っていって初めてそこに辿り着く、
そういうものなのを納得するのです。


肉体をもつ三次元存在であるのも確かなのに、
形のない6次元や7次元とのアクセスを取り戻し、
その力を引き出そうとしている私の試行錯誤は、
光の探求とも言えるものです。
もともとDNAというものが物質体でありながら目に見えない微細体の世界ですので、
可視光線以外の世界と向き合うことになるのも道理なのかもしれません。

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障害を持って生まれたことに感謝する [人生のチャレンジ]

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先程まで、ブッティ体に感じるささくれた感覚がどうもとれなくて悩んでいましたが、
これはブッディ体より高次の霊体とのあいだに霊的断裂があることで、
起きていたようで、ロゴス体とのエネルギーブロックを取り除いて貰うと、
自分の内側に喜びが満ちてきました。

これらをお願いしている時にサナンダが、
「私のヒーリングに対する霊的ガイドはそばにいないのかしら?」
という疑問に、応えてくれました。
人間につくガイドとしての霊体は、輪廻の中にいる存在なので、
現在私が向き合っているような高次元のことをガイドできる存在ではないそうです。
つまり普通に守護霊としてそばにいてガイドできるレベルを越えちゃっている
と言うことですね。
・・・さすがに私、運命数99のマスター数をもって生まれてきただけのことはあるらしい。

そんな私ですが、私の質に関しては運命数の「9」よりも、
リピーティングナンバーの「7」を強く感じます。
この「7」は、誕生日だけで2回出てくるのですが、
さらに名前の総数も61>7となり、
数秘術で導き出す数字6種類の半分を占めるという強力さです。
そんなリピーティングナンバー「7」の質と言えば、
「強い信念を探求する人」なのです。
もともと7の人は、天才か鬼才かの紙一重のような真理を探求する者です。
答えを追い求めずにはいられないのです。
ですから、考古学とか医師とか研究者向きの人なのです。
世俗的、物質的なことにはあまり興味のない人が多いと言われます。

生活保護を受けて暮らすようなぎりぎりの生活でも平気なのは、
こういうところからくるのですね。


このところの、アートマ体やブッディ体の癒しに意識が向き出してからは、
その他のことがすべて煩わしくて、
このブログの更新も延び延びになるほどでした。
部屋に籠もってひたすら自己のサトルボディエネギーと向き合う。
3次元にいるのにこんなことだけに集中していられるのは、
生活保護受給者であり、
それも先天性の障害者であることから来ているのです。
また、この障害があるからこそ、
ヒーリングというものをここまで追究し続けていると言えます。
どこまで癒せるのか、どこまで癒したらいいのか。
私のなかに常にある追究せざるを得ないものです。

私に先天性の障害がなければ、
疑問にさえも思わなかったことでしょう。

ですから最近は、自分が障害を持って生まれてきたことに、
感謝することがあります。

ここにきてようやく私は
自分の障害は宇宙からのギフトであると、
言える自分になりつつあるのです。
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サイキックであること [人生のチャレンジ]

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サイキックと直感、よく似たものなので、
私のように独学の者には、どういう区別があるのかよくわからなかったのですけれど、
今、拝聴しているビデオ講座で理解が出来ました。
直感というのは主に自分に関するものだそうです。
反対にサイキックは他者についてのもの。

こういう定義で私のしてきたことを見てみると、
オーラソーマなどのコンサル中に、
ボトルの意味とは関係なくクライアントの過去世がわかったり、
邪魔になっているインナーチャイルドや過去の出来事が読めていたのは、
サイキック能力を発揮していたからなのですね。
それもこの行為は、相手のガイドなどが情報をもたらしているというのです。
つまり、この力が発揮されるには、
対峙している相手の守護霊とかガイドとか呼ばれる存在との
同意の上での言葉によらないコミュニケーションが、もたらしていたのです。


路子が生きていた頃、私は彼女が単独で体験したことであっても、
彼女が私に話をすれば、
過去に起きたことでも情景が脳裏に見え、
本人がわかっていないことさえも読み取るということをしばしば経験した。
これは彼女と彼女のガイドが私に全幅の信頼を持っていたから、
出来ることだったのだと今更ながら理解するのです。

今後は意識的になってこの能力を使おうと思う私です。


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健常と障害の狭間のジレンマ [人生のチャレンジ]

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2018年3月14日 天才と呼ばれる人がひとり、この世を去った。
理論物理学者のホーキング博士です。
私は一度も生でそのお姿を拝見することはなかったのですが、
映像では車椅子に乗って話している画像を何度も見かけました。
博士は22歳の時にALSという神経疾患に罹患したそうで、
それまでは普通に健常者として人生を歩み、学生していたわけです。
これがなかったら、天才的な頭脳を育てることが出来なかったかもしれない。
そういう問題がここにはあると「みわよしこ」さんは書いている。
https://news.yahoo.co.jp/byline/miwayoshiko/20180314-00082737/

このコラムを読んで、頷ける部分がいくつかある。
私は先天性の障害を持って生まれてきましたが、
生まれてきた当時は、医学的な認知度もこの障害になく、
障害として認める制度が整ったのとほぼ同時に小学校への入学という
タイミングを迎えたので、運動能力に障害があっても学習能力には障害がないため、
障害者手帳の受け取りを拒否(これは障害者として扱われることの拒否)して、
修学旅行の類は参加できなかったが、普通に公立学校へ通い、高校までを卒業した。
通院も国立小児病院の医師による誤診によって診療が小学五年で終了されました。
この当時は二分脊椎症は、遺伝子異常であるとはわかっていなかったから。
本来治るはずのないものを治った扱いされて大人になったのが私なのです。

こんな私が障害者手帳の交付を受けたのは、
二十代の終わりに腰痛に倒れ数年寝たきりになってしまった時、
あまりに回復が遅い私に父が仮病を疑うので、医師に相談して交付してもらったのです。
その後、生活保護を受けるにあたり、行政からの要請で精密検査を受けに行き、
奇跡的な縁で二分脊椎症の専門医と出会うことが出来たことにより、
私の障害認定は両下肢肢体不自由6級に内部障害3級が加わることになったのです。


つまり私は先天性の障害者として生まれたにも拘わらず、
健常者のように生きてきた人だったのです。
おかげで、専門職である現在の仕事に就けているのかもしれない。
けれども、外泊が難しいというのは、子供の頃から現在も抱えている課題で、
オーラソーマをここまで学び続けてこられたのも一重に都民だからと思う。
受講会場へ自宅から通えるから学び続けてこられたのです。
そのオーラソーマもティーチャーになろうとするならイギリスの本校へ
一週間泊まり込む必要があるのでこれ以上のキャリアアップには、
高く険しい壁がある。
就寝時は、おむつを使用するとか、
トイレは絶対洋式だから大丈夫としても、
必要な医療器具の持ち込みとか持ち込みが難しいものの
イギリスでの購入とかが片言以下の英語では、無理。

こういう時には肉体の障害はやはり障害以外の何者でもないのです。

ホーキング博士も自身のもつハンデとそれを取り巻く現状の色々の間で悩んでいたのなら、
私が悩むのもおかしくはない。
むしろ当たり前!?
ハンデがあるのに、
キャリアの前にはハンデがない人と同じ競走をしなければならないのだから・・・。

けれども、出来る仕事を持っている私は障害者としては幸せ者のようです。
ほんとうにどこに視点や基準を置くかで世の中は見えてくるものが違うのです。


博士のご冥福をお祈りいたします。




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2018腎エコー検査の結果 [人生のチャレンジ]

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先週腎臓と膀胱のエコー検査を受けました。
私がJ大学病院に行くようになってほぼ毎年受けています。
右の腎臓結石の大きさは6mmで昨年と比べると-1mmですが、
新しい担当医に言わせると、「誤差の範囲内の数値」とのことで、
医師は実際に小さくなった可能性はないと考えているようです。

ですが、私としては可能性はなくもないと思っています。
というのもタヒチアンノニ・ジュースを飲み始めてからの私の尿検査における
ph値は、ほぼ7で、
以前のような弱酸性の数値は出なくなりました。
結石は酸性の時に現れる症状でもあるのです。
長年ベジタリアンしていた私の尿が酸性というのも異常な話でした。

ともあれ、時間がかかってももう少し小さくなれば、
自然排出も楽になります。
(7mm位は自然排出もありえる大きさとのこと。)
私の場合は、導尿もしているし成人女性としては尿道も細めなので、
6mmであっても難しいところ。

医師としては育っていない(大きくなっていない)ことが重要なので、
1mm小さくなっていたとしても注目には値しないようです。


私としては小さくなって自然排出されるか、そのまま消滅できるかを
興味津々で眺めています。



写真は昨晩開花した月下美人です。
タグ:腎臓結石
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数字が3つ揃う日々 [人生のチャレンジ]

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この所毎日のように同じ数字が3つ揃うことを目にします。
333、777,888,999が主なものなのですが・・・。

毎日ゲームをしていたとしても毎日こういう数字が出るものでもありません。
明らかにメッセージなのだと思います。

何についてかといえば、どうやら私の使命についてのよう。
使命とは字が表す通りに私の命の使い方。
私は遺伝子異常という身体に生まれたのだから、
この身体を有郊に使うこと、
遺伝子異常を治すアプローチを続けている。
3次元でどこまでが可能なのかの飽くなき挑戦です。
本人はすこぶる楽しんでいます。

さて、そんな私ですが内部障害であるために、
外見的にはわかりにくく、かなり聡い人でなければ気がつきません。
それで、衝突緩和のためにヘルプマークを持つようになって数年経ちましたが、
席を譲られたのは、大江戸線で1度だけ。
私の自宅沿線である小田急線では認知度が低いのねとも思っています。
そもそもこんなもの無くても席を譲ろうという意見も理解できますが、
外見から認知できない人にはやはり譲ろうとはしないのではないでしょうか。

ヘルプマークやマタニティマークは、配慮を必要とする当事者が身につけるものですが、
発想の逆転で、「必要者に協力したい人が身につけるマーク」が誕生したよう。
その名も「マゼンタ・スター」です。
作者は小田原出身の東大生。
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標であるSDGsのテーマカラーであるマゼンタを
使用しているということです。
ここで「ふ・ふ・ふ」と笑いが漏れてしまうのが、オーラソーマファミリーならでは。
だってマゼンタですよ。
小さな物事にも注意し、気遣い、温かさを注ぐことと関係するマゼンタ。

東京都の障害者手帳の色も小豆色というマゼンタの仲間と言えなくもない色ですけれど、
はっきりマゼンタを打ち出してきているのが、国連という世界規模の組織なのが、
色は世界共通の言語ということを感じさせてくれます。


世界がまたひとつ5次元に近づいたそんな感触をもつ今日この頃です。
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999のサイン [人生のチャレンジ]

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年末にお茶屋さんに頼んで送ってもらったお茶と一緒に入っていた根付けとおみくじ、
ちょっとトラブルがあって、年明けに受け取ったのですが、
怪我でへろへろになっていて初詣でもおみくじを引かなかったので、
これにはにっこり。今年はよい年になりそう・・・。

そんな年の始まりだったのですが、
数字が三つ揃うのを、目にするのがまだ、続いてます。
これが、特定の数字というのが面白いですよね。


999は、使命と関係する数ということなのですが、
使命ってなんでしょうと、思ってしまいませんか?
精神世界ではあなたがわくわくすることとか言われるのですが、
でも、私のように自分のハートに鈍い人には、
自分が何に対してわくわくするのかさえも考えてしまいます。

オーラソーマでいうと、私の使命数は、61で、
サナトクマラ&ヴィーナスクマラのボトルで、
このボトルには執筆の才能や教える才能があるという解釈もあります。
そして6+1で7なのですが、私はまた、9月7日生まれなので、数秘学的に「7」が、
繰り返し出てきます。
真理を追究せずにはいられない、飽くなき探求の質は、こんなところに表れているのです。

誕生数には99を持つ私、一歩間違うと器用貧乏で終わりかねない。
9というのは十進法の最後の数なので、
転生の多い練られた魂の持ち主であるらしく、
これまでに魂が色々経験してきているので何をやってもそこそここなせるらしい。
実際、一流にはなれなくてもこれで食べていけると感じた職は幾つかありました。
だからこそわくわくもしなかった。
私は感情的な意味では自分のハートに鈍い人ですが、
私の肉体はものすごくハートと直結していると思います。
肉体がストレスに対してすぐ反応してしまう。
私本人がストレスを受けていると気がつかないレベルにも先に、具合が悪くなる。

こんな身体の面倒をみようと覚悟を決めたのは、
27才の時に障害からくる筋肉疲労性の腰痛で数年寝たきりになってから。

西洋医学的には打つ手がないと、匙を投げられた時に、
東洋医学だって民間療法だってなんでもよいから、
自分で試してよくなることを決めました。

そうして今日まで学びながら自分を癒し続けている。
遺伝子異常をヒーリングで治せるかなんて、
当人である私以外には、実践できない。
法によって本人以外による人体実験は、禁止されているから。


私の身体に向けるチャレンジ、
使命とは、この字の通りに命の使い方であって、
こうしなければいけないというようなものではないことを
今は実感するのです。
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豊さへのチャレンジ [人生のチャレンジ]

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窓から見ると薔薇が綺麗に咲いています。
カメラを持ってバラ園に出かけたいところですが、
金曜日に受けた尿検査で血尿が見られ、
いつもより菌が多いということで抗生物質が出されました。
私はこれを飲むと下しやすいので整腸剤もいただいたのですが、
防げるのかどうかというところ。
なので外出先で苦しんだり、慌てたくないので先送りです。
服薬中は近所を歩く程度で大人しくしてます。

何かあると体調優先の自主規制が私の日常でもあります。

土曜は勉強会への参加
二日続けての外出は、今の私にはやはりきつかったようで、
今朝はなかなか起きられませんでした。

通勤があるわけでもないですから、
どのように過ごすも自由ではあるのですけれど、
体調を整えるためには、朝起きて夜寝るというサイクルは崩さないようにしています。

勉強会はビジネス系のものなのですが、
私としてはあくまでサポートするために学んでいる感じです。
昨日は講師の「お金にお金を稼いできて貰う」という言葉が印象に残りました。

お金で苦労する人というのは、大概お金に対して偏見を持っています。
例えば、ウチの父にがよく口にするのは
「汚いことしてまで儲けたくない」です。
これは大金を稼ぐには裏取引やら犯罪まがいのことが必要になるという
偏見の現れでもあります。
お金に対する偏見は人に対する偏見と通じるものがあるのです。
この偏見にあるのは、正統な労働以外でお金を貰ってはいけない
という観念があることがわかります。
こういうタイプの人は、不労所得なんて考えも出来ないかもしれません。

とにかく、大金を持っているのは何か悪いことしている人かもしれないという
思いがここにはあり、故にお金持ちに対する怒りが出てしまう。
お金持ちを羨んだり妬んだりする場合も同じです。
こんな感情があったら、当然のこととしてこの人のエネルギーは、
沢山のお金が入ってくることを拒む波動を出しています。

結果、お金はこういう人の所にはあまり入ってこないのです。
自分の在り方が、自分の現実を創り出している一例です。


私は体のハンデがあるから通勤とか無理ですし、
イベントなどへの出店も現在は難しい。
自宅で無理のない範囲の仕事をするのがベストなので、
自立は二の次と考えています。
無理しても倒れるだけで、私が倒れたら介護できる人はいませんから。
生きるのに何を大事にしていきるかは、価値観の問題なので、
沢山稼げることとは考えていません。

ただ、人に対して価値のある仕事をしていると考えています。
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