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カルマという宇宙の法則 [カルマ]

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仏教では「業」という言葉が当てられることもあるカルマ。
宿命という字にるびをふって「カルマ」と読ませる人も多く見かけます。

私はコンサルでは「カルマ」のことを「やり残しの宿題」と表現していました。
宿題ですからいつかはクリアーしなければならないものなのですが、
いつやるか、どのようにそれを消化するかは自分次第ということです。


カルマの解消なんて言葉が使われるとおりに、
これはなくす必要のあるものではありますが、
この消し方というのは、実に様々です。

よく見かける誤解としては、前世で結ばれることの無かったカップルは、
今生で結ばれなければならないという思い込みです。

前世であろうと今生であろうと、
結ばれることが出来ないというのは、
その時は結ばれてはいけないのだということなのです。
自然に結ばれる状態になっていかないとしたら、
それは結ばれることよりも執着を手放すことが学びであり、
必要な場合もあるのです。


前世に縁ある魂は、惹かれあうものを持っていることが多いですが、
人の縁とはそれが全てではありません。
むしろ憎んでいる相手を愛することこそが大事なレッスンであり、
カルマの解消に大きく働くことになるでしょう。

カルマの解消の仕方は人の数だけあると言ってもいいかもしれません。


このように三次元での自己の行動如何によって消せるカルマもあるでしょうが、
それだけでは消せないものもあります。
宇宙の法則として定められたものがあるからです。
私がこの一年向き合っていたのがそうです。

しかし、地球のアセンションにともない、
こういうカルマも消すことが可能なのだということを体験しました。
以前に書いたように「ザ・ジャッジ」に消してもらったわけなのですが、
消してもらったら何でもすぐに良くなるというわけにはまいりません。
大元をクリアーしてもその影響というのは身体の隅々にまで及んでいるからです。
これをどのように整えていくかは私自身にかかっています。

今後はこれに関する体験をカテゴリー「カルマ」として、綴っていこうと思います。
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禁忌 その1 [カルマ]

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カルマというと前世の悪行の報いと考えている人がいます。
これは間違いではありません。
しかし、「親の悪行が子に・・・。」は、カルマでは無いのが普通です。

酷いことをする親の元に生まれてきたのは、子である自己の選択があるからです。
そのような親元に生まれるには、
自己が過去世で酷いことをして子に迷惑をかけたことがあるから等、
原因となる何かが子にもある場合、カルマと呼んでもいいでしょう。

けれど、子が親を見て酷いことをしているのに気づいていて罪悪感を抱えていると、
その罪悪感が自分への酷い仕打ちを呼び込むもとになります。
この場合、働いているのは「鏡の法則」であってカルマではありません。


カルマとは前世の悪行ばかりではありませんが、
自己の魂の行いによって定められし何かがある、
これをカルマと普通は呼ぶのです。


私が向き合っているカルマは、
身体に関するものは自分がつくったものです。
前世で肉体を大事にしないで勝手に命を終わらせたことによるもの。
神聖なる宇宙の法則によって、
このような行いの後の何回かの生は健康な身体に生まれつくことは出来なくなります。
これは、「ザ・ジャッジ」が管理するカルマです。
ですから、彼らの承認が得られるまで消えることなく続きます。


こうしたものの他に私は特別に背負ったカルマがありました。
これが、私を愛するものとの結びつきを拒むものとして延々働いていたものであり、
実は始まりは私本人がつくったものではないカルマだったのです。

それは世界中の多くの人が何となく知っている禁忌に関わるお話なのです。



タグ:前世 カルマ
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禁忌 その2 [カルマ]

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世界中の多くの人が何となく知っている禁忌、
これはキリスト教徒ならはっきり知っているのでしょうか?
でも、キリスト教徒でも何でもない私が子供の頃から知っていたから、
とても大勢の人がそのことについては知っているのだと思うのです。

「天使と人間の間の恋愛は禁忌である」

私がまだ天使という存在についてあまり知らず、
彼らの存在そのものに確信の持てなかった頃、
私はオーラソーマのコースにて自分の名前に表れているボトルの意味を読み解いて、
しばらくオーラソーマの教義に不審を覚えることになりました。

それは、母音のボトル「地上に降りた守護天使」が、発端でした。

名前の母音の合計から導き出されるこのボトルは、
魂の下層カラーと関連しています。
そしてこのボトルに表れている過去世は、「天使界」なのです。
「過去世が天使!?そんなことがあるの?」
天使の存在そのものをまだ信じ切れていない頃ですから、無理もありません。

私はこのことは情報としてのみ受け取っておいて、
必要なときには解き明かされるだろうと、
そのままにしておいたのです。

その後、天使の研究で有名なドリーン・バーチュ博士の本を何冊か読み、
自分が博士の定義する「アース・エンジェル賢者」という存在に、
かなり当てはまることは知りました。
「でも・・・。」
私の疑問はまだ消えません。

1つには私が日本人であるからです。
日本人と外国の方の天使の定義は実は同じではないのです。
これは、博士の書かれた天使の体験談を読むことで気がつかれる方も多いと思います。
日本人がいう守護霊はキリスト教義的には「守護天使」になります。
してみれば、日本人のほうが天使を非常に狭い定義で捉えていることになるでしょう。

どちらが正しいとかのジャッジはおいておくとして、
過去に私の側にいた「龍」を「天使」と感知した友人もいました。
しかし、彼女はこの存在がもつ力としてのカラーは正確に言い当てたのです。
龍は天使と同じ・・・!?
そう考えると、我が国にも沢山の異類婚の話はあります。
そして、長年の龍との交流で彼らの出産というのは、
親の消滅であることを私は知っていました。
これは死ぬということとは違うのです。
子を産んだ後、親となった存在は転生の波に乗ることもなく、消えるのです。
龍と天使が同じ存在を指しているのなら、
天使の出産も同じパターンであると考えられました。

これは、人間とは存在そのものの在り方が違うとしか言い様のないことです。
しかし、人間はこのことを深く理解できないままに、
天使と恋に堕ちてしまった者達がいたのです。
そして、自分とは違うことを理解しながらも人間を愛しく思う気持ちを
止められなかった天使が堕天使となっていったのです。

私の地球での最初の転生における親は、そんなカップルだったのでした。
タグ:天使の出産
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禁忌 その3 [カルマ]

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人間の父親と堕天使の母親、
このようなカップリングから子供が産まれるというのも、
フォール(堕落)」という特殊な状態にあったからと考えられます。

この時の父親はなんだか放っておけない依存体質の強い男性です。
きっと、天使の母親は「この人、側についていてあげないと・・・。」と、
愛しすぎてしまったのでしょうね。
でも、父親はそれで愛しあった存在が、
人間とは違うという所を完全には理解していなかったのです。

二人の愛の結晶となるはずの子供が、
母親が死ななければ生まれてこないその様は、
母親を食い殺して生まれてくるかのような心のダメージだけが私に伝わって残っていて、
彼にとって赤ん坊は自分から愛する者を奪う存在にしか見えなかったようです。
生まれた私を育ててはくれていますが、
掛け値なしの愛情を注ぐというようなことは出来ず、
やがては私は憎悪の対象へとなっていってしまいました。

私を憎まずにいられないほど、
この出産における愛する者の消滅は魂に深い傷を与えたのです。
普通の死別でも、心に傷が残ることがありますが、
私達人間は霊的には不滅で、生まれ変わって再び出会えるということを、
魂の次元では知っています。
けれども、天使であるこの母親との場合、そのような霊的な再会は未来永劫望めないのです。

この時の父親だった人の生まれ変わりとは、今生すでに出逢っているのですが、
私への憎しみがまだ消えないようでした。

癒やしを仕事にしながら自分が癒されることは頑なに拒んでいる状態で、
当然仕事がうまくいくはずはないのでした。



私の誕生によって存在自体が消滅してしまった天使の母親は、
この恋愛と出産でつくってしまったカルマがあります。
それは代わりに生を受けた私が自動的に引き継ぐことになるのです。

本来、カルマというものは自分でつくったもの以外、
自分の努力があっても消せないものです。
ですから、変容の力も失っていた人間のこれまでの歴史のなかでは、
消せないカルマを背負って私は転生を繰り返していたことになります。

そして、現在は、変容のヴァイオレットの炎の力も取り戻し、
地球のアセンションに伴う恩赦の大盤振る舞いがあるから、
消せないカルマもない光の時を迎えているのです。


地球の文明的歴史の始まりのあの時代、
人間と結びついた天使がどれほどいたのかは知らされていません。
けれども、この結びつきは深刻なトラウマを人間側に残すことがわかったから、
いつしか人間と天使の恋愛は禁忌となっていったのでしょう。
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治療者の抱えるカルマ [カルマ]

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ヒーラーやセラピストクライアントのもつ苦しみを軽減しようと、
相手の問題を自分に肩代わりさせることがあります。
この場合、クライアントは楽になり癒された感がありますけれど、
その問題をつくっているエネルギーは治療者に移動しただけですので消えてはいません。
こうして我知らずクライアントのものを引き受けていき続けると、
大抵の場合、治療者は太っていくか、腎臓を患うことになります。
最悪自分の寿命を削っていくことも有り得るわけです。

これは自分で消化しきれない、濾過できないエネルギーが
肉体に与える影響の表れなのです。


セラピスト仲閒を観ていて私が一番不思議に思ったのは、
これをするしかない」という感じで癒しの仕事についている人が多いことでした。

何故、そうなのかが私には理解できませんでした。
私は自分がなりたいと思ってこの仕事を始めたわけではなく、
自分に出来ることを仕事にしたら、それが「癒し」だったのです。

昔、私の在り方はクライアントに対して「失礼だ」と言われたこともあります。
しかし、何が失礼なのか未だに理解できません。
悩み苦しんでいる人に対し、出来うるサポートを提供する、
クライアントに向き合っている時間はその人のことしか考えていません。
その癒しに興味を持った切欠が自分の癒しからにあって、何故失礼なのでしょう。

いま、健康な人なら病いを治せるというわけでもないのに・・・。


前世で「癒し」を仕事にしていた人が今生でも「癒し」の仕事を選ぶ。
このようなことは、実は良くあるようです。
魂は学ぶべきテーマを持って生まれ変わっているからです。
ここから観てみると、前世の時に肩代わりした荷物を元の持ち主に戻すことが、
エネルギー的には行われているようです。

そして、この作業のために「癒し」を使っている人達がいるのです。
肩代わりしていたカルマを元の持ち主に戻すことは、
それぞれの魂の成長のためには必要不可避なことです。


癒しを行うことが、カルマの解消になるわけでも、罪滅ぼしでも何でもなく、
無私の奉仕からできるようになれるのがベストなのかもしれません。

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愛のパラドックス [カルマ]

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最近、自分のカルマと向き合っている私です。

こんなことしていられるのも、仕事が無くて時間がたっぷりとれるからかもしれません。
具合も悪かったから自分癒しに再び集中する時期だというのは理解していましたが、
それが、カルマレベルのものとの向き合いになるとは、最初は思っていませんでした。


私は子供の頃から、もし私が妊娠することがあったら、
それが自分の意に沿わない、例えばレイプによるようなことで妊娠したのであっても、
その子供は産むという決意がありました。
過去世のことを何も知らないうちから、
自分に子供が産めるチャンスはその最初の妊娠だけだと無意識に思っていたのです。

現在、自分の過去世を癒していくうちに知った「天使の母親」、
この存在がもたらしたカルマを知ると納得するものがありました。
私は自分の命と引き替えにしないと子供が産めないというカルマを背負っていたからです。
それでも私は一応人間なので、死んでも転生できるから、
自分の命を長らえることより、子を産む方を選択するわけなのですが、
これは愛し合う男性にとってはたまらない話です。

子を望むことは、私を死に向かわせることになるのですから。
しかも、私が神はかりによって
「望まない妊娠はない」というエネルギー状態にする前ですと、
100%の避妊はないといわれていましたから、
妊娠させるつもりが無くても、することもあったことを考えると、
私を愛しみ大切にしたいという想いを抱く男性ほど、
私に手出しが出来なくなるのです。
私達は誰でも、実は様々なレベルの情報をちゃんと受け取っています。
ただ、私のように受け取ったものを顕在意識で読み解くことをしている人が、
多くはないだけです。
でも、受け取っている以上、それにもとずいて無意識にも自己の行動が
影響を受けて決定されているのです。


しかし、何というパラドックスでしょうか!?

私を愛する人ほど、私を守るために離れていようとするなんて。
そして、私に普通の男性が近づいてこなかったはずですね。

何故か昔から、破滅願望を抱えているような危ないタイプに好かれます。
ですが、私は「お耽美」趣味すらない、この上ないほど健全なタイプなので、
そういう人は生理的に受け付けないので、トラブルになることもなく、
現在まで無事に生きて来られたというわけです。


カルマの解消と共に、私に関わる人間関係を全て癒すことを、
天使とマスターと、自分の高次存在に依頼しました。
おかげで、今まで見えてこなかった側面も見えるようになって、
現在、ますます人が愛おしく思えてきています。


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内なる結婚 [カルマ]

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過去世の母親との癒しが終わったと思ったら、
今度は父親を表すカードが出てくるようになりました。

基本、癒しは「今」に集中することが大切と言われていますが、
私のこの体験をみている限り、
カルマレベルのものは「今」を癒すだけでは癒されないように感じます。
反対にこのレベルのものは、ここを癒すと現世も変化するようにも思えます。


しかし、自分の悩みの元が現世にあるのか過去世にあるのかなんて、
通常はなかなかわからないものなので、まずはインナーチャイルドをとことん
癒すことが最善とも思えます。

みている限り、ほとんどの人はインナーチャイルドを途中まで癒しても、
とことんできる人はそう多くはいません。
現世の苦しさの原因を現世をみつめないで安易に過去世にみようとするのです。

それでも、やらないよりは何かする方が断然良いとは言えます。


父母は、私達の内なる男性性と女性性の完成に大きく関与する存在です。
私達は内なる男性性と女性性の両方のバランスが取れて、
初めて人間として完成するのです。
ここが癒されずバランスの悪いままですと、
相手を何人変えようともバランスのよいパートナーシップは築くことが出来ません。
うまくいかない人間関係には、先ず自己の内側のエネルギーが映し出されていることを
私達は思い出し、ここから向き合わねばなりません。


私の女性としてのコンプレックスの元凶である父親、
これを完全に手放す時期を迎えたことを嬉しく思います。
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癒されるということ [カルマ]

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導きに従って現世の過去と現在と未来と過去世における人間関係を、
天使とマスターにもサポートしていただいて癒しを行いました。

最近はお願いしたヒーリングが適切なものであれば、
エネルギー的体感も得られるようになりました。
ですから確実に何か変わったのだと思っていたのですが、
昨日ボトルを仕入れに行って、以前私が勤めていた会社の上司と会いました。

これまで何度もニアミスのようなすれ違いは起きても、
実際に会うことはなかったのに退社後初めて会ったわけです。
そして、挨拶だけしてすぐに別れたのですが、
他の人からその方の近況を聞かされても何の感情も動かない自分を知り、
本当に癒されたのだと実感する次第でした。


前世療法で知られるワイス博士が辿り着いたのは、
来世療法でした。
ですから、私は最近過去と現在だけでなく、未来も癒すことを始めています。
ここの次元は干渉できる存在が限られていますので、
誰でもいいからお願いというわけにはまいりません。
そこには注意が必要です。


例えば、がん細胞の発生の元になるのは、遡って十年前のストレス(ショック)ということも
言われています。
現在を癒したならここからの未来も癒されますが、
5年前にすでに発病の原因となる体験があった場合、
今から見た過去を癒すだけではなく、
その過去が元になっている5年先の未来も癒す必要があるのではないでしょうか。

私達がいるこの世界は何層にも重なり合って出来ているからです。


こんなことをしているだけなのですが、
確実に私のエネルギーは何か変わったようで、
私から女性的なエネルギーが出るようになったようです。
それは、とても喜ばしい話だと思う私でした。

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薬指に現れているもの [カルマ]

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昨日は姉と幼なじみとの定例会でした。
このところ、二人とも親の介護でお疲れ気味なので、
お昼くらいはゆったりと過ごしてもらいたいと、お豆腐料理の店に行きました。

介護の話は現在は私は直接には関わってきていないので、
元氣に仕事を続けている父に感謝するのみです。
姉は父に何かあったら私がとさんざん脅すようなことを話していましたが、
よく考えてみれば、私元氣に独り暮らししていますけれど、
私自身が障害認定一種三級の内部障害のある要介護の人なのですけれど、
私の家族というのはそれを理解はしていないのだと思います。

さて、婚家の親の介護というのは、お一人様の私には、
実感の伴わないお話ですが、
婚家に入った人のほぼ全てについてくる「カルマ」かもしれません。
医療の発達によって生じたカルマとも言えるものでもあります。

私の場合は27才の時に寝たきりになってしまい、
そこでいっきに自分のカルマに流された人ですから、
そろそろ自分のものは消し去っていると思いたいところです。
先日受けたオーラソーマのバーミストリーケアでも、
私の手にはカルマに流される相が出ていることを二人から指摘されました。
もっとも、バーミストリーケアは普通に手相だけ観るのではなく、
癒しですので、現れているものを消す方法も教えてくれてケアもしてくれるわけですが、
このケアで手の形まで変わるのには驚きです。

そこに「カルマ」があってもそれとどう向き合うかは自分が決めることです。
こじらせるもよし、完了を目指すのもありですし、
何回かスルーして向き合うのもいいですね。
本当はこんな風に自由に選択する幅はあるものです。

自分の自由な選択で向き合うことを私はお勧めいたします。
タグ:カルマ
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カルマをどう捉えるのか [カルマ]

カルマというものを説明する時、私は「やり残しの宿題」という表現をします。
いつやるかを自分で決めるところがあるからです。
けれども、サターンリターンのように、現れてくるタイミングが決まっているものもあります。

カルマにはまた、仏教的な表現の因果応報という側面もあります。
この表現における時間感覚は幅広く、「因」となるものは、
前世にあることもあれば、今この瞬間のこともあるのです。

さらに、「業」というべきものもあります。

いろいろなカルマがあり、それぞれに性質が違うわけです。


親の介護というのは、医学の発達がつくりだした社会的な「業」と、
私は考えています。
命を長らえさせることに発達した現代医学に頼り切った生き方のなれの果てに見えるのです。
肉体にのみ目を向けるなら、
西洋医学のアプローチは否定するものではありません。
けれども、私が日常においてしているように、
人間を物質体と感情体と精神体と霊体の総合存在であることからみてしまうと、
西洋医学はこの全部をカバーしているとは言えないでしょう。
そのカバーしきれない面が露出してくるのが人生の後半、
あるいは「老い」に生命が向かいだした時からであることが多いのです。

介護には依存という大きな問題がつきまとっています。
これについても、私は当たり前のように感じています。
そもそも、ほとんどの人が現代医学に依存して生きているので、
この依存というテーマを学び、卒業できていないのです。
向き合うことを棚上げされていたものが、
ある日突然膝の上に落ちてきたようなものでしょう。

棚上げされている間に発酵して、さらに取り扱いがやっかいになっている状態で、
向き合うことになってしまったそんな印象なのです。


何時も言っているように、現れてきたカルマとどう向き合うかに正しい答えはありません。
ご自分にとっての最善を尽くされることを祈るばかりです。
選んで尽くした方向によっては、
カルマを消すこともあれば、深めるだけのこともあるでしょう。
もし、深めてしまったとしてもそれはただ学びが足りていないだけですから、
魂の学びを深めればいいだけなのです。

私達は魂を学ばせるために、この世に生まれてきているのですから。
タグ:カルマ
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賃貸住宅トラブル防止ガイドライン [カルマ]

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昨日、やっと新居にてインターネット開通しました。
タイミングがよかったので、NURO光に切り替えました。
そうしたら、本当に速いです。
私の生活は、朝、目が覚めるとPCを起動させて、退席中は休止モード、
就寝時にオフという感じなのですが、今は休止からオンにすると画面が立ち上がるのと同時に、
メール着信音が鳴ります。
以前の光ですと1~2分経ってからでしたので、この速さを実感するのです。

このネットの開通とほぼ同時に以前の部屋から引きずっていたトラブルも解消しました。
部屋の原状回復について、大家さんの考えが法で定めるものとずれがあり、
敷金から私が支払うべきではないものが差し引かれていたのです。
多分、条例で細かく貸し主と借り主のどちらが払うものかが決まっていることを、
知らないのだろうと思い、
タブレットのみで使用していたモバイルルーターをPCのネットワークに設定して、
都のHPにアクセスして賃貸住宅トラブル防止ガイドラインのPDFファイル
プリントアウトして手紙と一緒に速達で土曜に送付しておいたのでした。
これを見て、自分の手には負えないと思われたのか、
以前の不動産屋さんに間にはいってもらって話し合い、
私がおかしいと主張した部分は認められ、
敷金の戻り額は最初の約倍になりました。

この話し合いについては、契約の更新をしないと言った時から始まっていて、
ゆるゆると一ヶ月半、コミュニケーションを繰り返していたわけです。
この間、私は何度も大家さんに対して浄化のアセンションの炎を送るワークを必要としました。
一度もほかのカラーの炎が必要と出たことがないので、
ここで必要なのはカルマの解消だったようです。

部屋の貸し主と借り主の間に発生するカルマがあるということなのでしょう。
この意味で、
なかなか、興味深い体験でした。
タグ:カルマ
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老人のぼけ [カルマ]

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母のお墓のあるお寺のご住職さん、
最近、ぼけがきています。

この老人のぼけに、
肉体を霊に貸している状態の人がいると、
精神科医の越智啓子先生はその著書「人生のしくみ」で書かれていますが、
このご住職の場合などはとても納得してしまう私なのです。

私の母が亡くなったのが結構早いですから、
私もすでに30年はお付き合いさせていただいているので、
折りに触れお話をいろいろ伺うこともありました。
このご住職、仏教教典を信じていて、「幽霊なんていない。」
「人は死んだらちゃんと仏になっている。」と説く。
私はお友達にはなれないタイプの方です。

けれども、見えも感じもしないタイプの否定派の人を、
説得する術を私は持ちませんので、
そういう教義の考え方として黙ってお話を聞いていました。
ただ、こういうタイプの人は、どうやって人生の帳尻を合わせていくのだろうとは、
疑問に思っていました。

仕事柄、僧侶なら霊的な面にも秀でているように思われがちですが、
前述のように幽霊という存在を否定する、
これは人間が持つ霊的側面の否定でもあります。
人間の霊性を否定したままでは、
人生としてはバランスが崩れているのです。

このままではこの人の魂はカルマをつくりまくったままになってしまうのです。

けれども、ぼけとして憑依を起こして、
死ぬ前に人間の霊性についての学びを魂は行うことを選択したのです。
これはカルマの解消のために起きていることなので、
ぼけた行動に巻き込まれる人々は大変かもしれないけれど、
他人が癒してあげるわけにはいかないのです。

これを癒してしまったら相手の学びのチャンスを奪うことになるからで、
反対に癒し手であるはずの人がカルマをつくってしまう行いになるからです。


癒しとは相手がそれを望んだときのみに行うことのできる行為なのです。


私は他にも何人か、合理主義の幽霊否定派の人が、
ぼけてから亡くなっているのを見ています。
悪魔や幽霊を否定しているからといって取り憑かれないわけではありません。
むしろ、その逆のことが起きるのですから、
人生の学びの側面の深さを思い知らされるのです。
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名前に表れているカルマ [カルマ]

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87番と並行することで少しずつですが、ダニエルが混ざるようになってきました。
でも、道のりは遠そうです。

何故、こんなことになっているのかと考えられるのは、
私は「結婚」をほとんど経験していない魂の持ち主だから。
ダニエルは結婚と関わる天使なのです。

私がほとんど結婚をしていないというのは、
過去世を思い出しているから言えることではなく、
私の名前に表れているカルマです。

思い出した過去世の数少ない結婚では、ケンタウロスの時の結婚以外は、
すべて政略結婚です。
それでも、その関係の中に愛がなかったとは思っていませんが、
恋愛で結びついた結婚がひとつしかなかったわけです。
(数千回も生まれ変わりはしているというのに!?)

あとは圧倒的に独り身だったようですね。
まぁ、この国の場合巫女は処女性を重視しますから、
そういう職業についているとしてなくて当たり前だったかもしれません。

この名前に表れているカルマは、名前をローマ字表記にして行う、
数秘術から見つけることが出来ます。

ですから、私は名前をみさせていただく時に、
オーラソーマ的な子音の合計、母音の合計、名前の総和という3つの他に、
欠けに表れているカルマにも注目させてもらっています。

さらに誕生数にも目を向けると、
数字に表れているその人の人生というのは、
そうとう面白いことにもなっています。


これまで見させてもらったケースでは、
名前に表れているカルマのない人は1人もいません。

基本、癒しを求めて私の所には、皆様いらっしゃるので、
人生に傷つく何かを抱えている人ばかりだからなのかもしれません。





タグ:カルマ
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コーザル体の癒しが必要 [カルマ]

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普通に暮らしていたなら、ここまで癒しを追及しなかったかもしれないと、
自分でも思います。
癒されても癒されても、現実の肉体に障害が残っているので、
まだ先があるという気分になる。
運命数こそ「9」なのに、とことんリピーティングナンバーの「7」の質が大きく出る私です。
真理を追究せずにはいられない。

先日、脳科学で有名なT博士による無料講座をメールで1週間ほど受けていました。
彼は言います。
「心なんてものはないんだよ。あるのは記憶。」
最初に聞いた時は衝撃を受けるかもしれませんが、
これ、よく考えると「脳科学」の話ですから、
当たり前なんですよね。
だって、脳のなかに心があるわけ無いじゃないですか。
実際の所、思考こそ脳によって行われているかもしれないけれど、
日常私達が気持ちが定まった時を表す言葉は、
「はらが決まる」であり、
罪悪感を感じる時には、
「胸が痛む」と言っています。
心、感情を表現するのに、「脳が決まる」とか「脳が痛む」とは言わないのは、
そのように体感していないからです。
その胸が痛む時は、身体の何処で体感しているのでしょう。
心臓でしょうか。
それよりも鳩尾の少し上あたりで感じる人が多いのではないでしょうか。

ハートチャクラの下、第3チャクラより上、
このあたりにブッディ体やアートマ体は存在していると、私は感じます。
だからでしょうか、この二つの不調はダイレクトにコーザル体のハートチャクラと、
第3チャクラに現れやすいと感じました。
そして、私の場合、コーザル体のハートとベースチャクラがトラウマで繋がっていて、
ベースチャクラは元々セカンドチャクラと密接な関係にあるので、
こちらにも連動していくし、第3チャクラがヒーリングセンターであるので、
他を癒すために負担がかかるという芋づる式な状態なわけです。


肉体を癒すためには、エーテル体の癒しが必要ですし、
エーテル体はその外側の感情体や精神体からの影響を受けている。
感情体だけに問題がある場合は、
感情体を癒せば自然にエーテル体も肉体も癒される。
精神体の問題は、必ず感情体にも影響が出る。
そして、コーザル体にある問題は、精神体にも感情体にも影響を及ぼす。
このコーザル体が、カルマを記録している階層です。

解脱でもしていない限り、3次元に存在している私達は、
全てなにがしかのカルマを背負っていると言える。

カルマをカルマで無くすためには、コーザル体へのヒーリングが必要ということでもあるのです。

カルマを今生だけでなく、来世にも持ち込んでいいと思うのなら、
コーザル体のヒーリングなんて考えなくてもいい。
その場合、地球からははじき出されることになるのでしょうが・・・。

すべては自分の選択にある。


これさえわかっていて自分のことを決めるのなら何も問題はありません。
ただ、地球はすでにアセンションし、
これまでと同じ生き方は通用しなくなっている現在、
コーザル体の癒しと向き合わざるをえない人が増えるだろうと予測しています。
ですから、ヒーリングもコーザル体の癒しまで出来るものが、
今後活性、活躍するだろうと感じているのです。


写真は先日見にいった馬術競技会、障害者競技を撮影したものです。
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カルマ-ブッディ体の癒し- [カルマ]

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かなり以前から左の股関節が開かないことには気づいていました。
20代の頃、ヨガとスウイング禅を教わっていた頃に、
一時的に開くようになったのもつかの間のことで、
交通事故に遭いしばらく足が動かせなくなり、瞬く間に、
再び足を開くことが出来なくなりました。

この体験で、肉体だけ対処してもこの件はダメなことが理解できました。


先日、ふと思い立ちハイアーセルフにこれはどこに原因がある不調か訊ねてみると、
ブッディ体でした。
それで、ブッディ体をヒーリングしてもらうと、
ダイレクトにセカンドチャクラのエネルギーがクリアになります。
ブッデイ体はコーザル体やアストラル体のように身体の外側に存在しているのではないので、
肉体の形すら多分していないのですが、
ブッディ体をヒーリングしてもらったのにセカンドチャクラのエネルギーが軽くなりました。

・・・・・・・面白すぎる。

しかも、ブッティ体に原因があるということは、これはカルマレベルのもの。
確かにこの股間の開かなさ加減は、産道狭窄にも繋がる。
私の子供が産めないであろうカルマと連動しているのも納得です。
ただ、この肉体が子供の出産に適さないだけであって、
ハイアーセルフに私の子供を産んでもらっているので、
3次元に存在しないだけですでに私には子供がいる。
つまり、子供が産めないというカルマは消滅したとも言えるのです。

5次元的生き方を受け入れれば、
私達はもっともっと可能性が広がるのです。

すでにカルマというカルマはあらじ。

何を受け入れ選択するのもあなたの自由なのです。
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宇宙の法則によるカルマ [カルマ]

CIMG1666.JPG
お正月過ぎまで散々痛んでいたのが、すっかり落ち着き穏やかな毎日です。
今回の決め手は、アートマ体のヒーリングでした。

アートマ体やブッディ体が痛んでいると気づいても、
自分は3次元的に存在する人間なので、
ヒーリングに必要なのはせいぜい神の神聖なる第12番目の光線止まりではないかという、
思い込みが痛みをぶり返させていたのです。
実際はもっともっと高いレベルの光線が必要でした。

12光線までの取得が5次元へのアセンションの条件ということは、
12から上の数字の光線を5次元の方々は学んでいるのです。

ここから単純計算による予想でいくと、24光線までが5次元の学びになるのかもしれないのですが、
今回の私に必要だった光線はその倍以上の数字の光線が示されることが度々あり、
示される光線の数字の高さにくらくらしながらもサポートを天使にお願いし続けていったら、
痛む頻度が下がりだし、正月が開けたら落ち着いたわけです。


通常一般の人のカルマというのは、コーザル体のレベルだということなのですが、
私のは宇宙の法則と呼ばれる「ザ・ジャッジ」達が管理するものなので、
これもカルマではあるけれど、アートマ体のレベルに原因があるらしい。
しかし、すでに消すことに許しをいただいているので、
具体的に癒す作業に手をつけられるようです。


今回のは期間がながかった上に、痛みが半端なかったので、
もっと早くこのことに気づける自分だったらと、抜けた今では、残念でもあります。
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先天性障害の原因階層 [カルマ]

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私達のオーラは玉葱のように何層にも重なって構成されています。
一般に知らされてきたのは、数年前まではエーテル体から始まり、
コーザル体までだったのですが、
近年ではコーザル体より高次の階層があることが情報としてもたらされ、
明かされ始めました。
コーザル体よりさきには、ブッディ体、アートマ体、モナド体となっています。


これらのオーラの各層は、それぞれで働きが違います。
それを大まかに表現すると、
エーテル体は肉体の雛形です。
アストラル体は感情の現れるところです。
メンタル体は思考、マインドを司っています。
コーザル体は原因階とも呼ばれ、人間の物質次元の因果がここで決まるのです。
ブッディ体は宇宙との一体感を得る悟りの次元です。
アートマ体は個の意識のない神々の次元です。
モナド体は神性の本質の次元なのです。
ですから、普通の病気の発現(発病)というのは、
肉体からコーザル体までのエネルギー的汚れや偏りによって起きています。
つまり、肉体からコーザル体までのいずれかの各体、特に感情体を癒すことが出来れば、
ほとんどの病気は寛解が可能なのです。

さて、私が言っている普通ではない病気とは、
遺伝子異常などで発現している障害、病気のことです。
私のことに関して言えば、病名はついてはいるけれど、
生まれつき肉体の一部で神経組織の配線が異なっているし、
骨の形成不全もある身体であることを病気と呼ぶのは何かが違うと感じています。
これはコーザル体までの何処かを癒せば治るわけではないからです。
では、どこに原因があるのかというと、
アートマ体でした。
神々の次元において原因があるわけですから、
人間レベルのヒーラーと光線(12光線)では、癒せるはずもなかったのです。

私の場合、アートマ体に原因があるため、
すぐ下のブッディ体にも影響が出ています。
これにより、私には悟りにおける無上の喜びという
世界や宇宙との一体感的感覚が麻痺していたわけです。
喜びの感覚はなくとも苦痛はあるからそこのレベルを無視することは叶いません。
ですから、苦痛を取り除くためには進化していくしかないのです。
こうした人間レベルを越えた宇宙の法則(カルマ)を管理しているのが、
ザ・ジャッジ(宇宙の裁判官)なので、
彼等の許可なくこの次元のエネルギーを動かすことは、誰しも出来ないのです。


ありがたいことに、私はアセンションセレモニーに何度も参加し、
アセンションの誓願を立て、受理されています。
私が3次元の肉体を持ったまま、霊的進化を進めていくことが、
私の聖なる使命でもあるのです。
これが使命であるからこそ、ザ・ジャッジからのサポートも受けられたのだと理解できました。

前回書いたオーラの各層のブロックマスターに取り除いてもらったので、
これまでばらばらだったピースがはまりだしたように、
全てが繋がりだしました。
これが人生にどのような波紋と変化を生み出すのか、
今後が楽しみな私でもあります。


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天命 [カルマ]

crithimage.jpg
世の中の多くの人がその癌闘病の行方に関心を持たれていた女性が、
お亡くなりになりました。
残されたご家族や関係者一同の心痛は、想像してあまりあるものです。
故人への冥福を祈るとともに関係者が一日も早く穏やかな生活を取り戻せるよう
願っております。

私はすでにテレビを持たず、観ない生活にして13年が経ち、
この女性については闘病が始まりマスコミが異様に騒ぐことで、
初めてその存在を知りました。
つまり、思い入れも何もないところから、
流れてくる情報だけをキャッチして見守っていました。
その内容を見る限り、ただ、普通に癌に対する治療を受けている印象で、
これでは楽観視は出来ないかもとは、考えていました。


何故、癌が発病した人の多くが死ぬのかを理解している人は多くないと思います。
癌そのものが原因で死ぬケースは全体からすれば少数で、
抗がん剤の毒性に癌細胞だけでなく健康な細胞も負けてしまい、
生命力が著しく低下してしまうのが主な原因です。
このことを理解して、ノニジュースで健康な細胞へのケアと一緒に、
抗がん剤治療を受けた知人は、寛解しています。
この人と同時期に発病した路子は、始めは自然治癒力を高める抗癌治療で、
効果をあげたもののあとは諸事情で治療方針を変えざるを得ず、
抗がん剤治療を受けることになり、それ以前よりも短い時間でこの世を去りました。


同じ癌であっても治る人と治らない人がいる。
これは天命としか言えません。
その天が定めし命でありますが、
ここでいう天とは大いなるものとか神とかいう外側にある別の存在のことではなく、
魂とかハイアーセルフとかアイアムなどと呼ばれる
自分自身の一部のことです。
つまり、私達は自分で自分の命の命数を定めているのです。


幼い我が子を残して死ぬなんてあり得ないと、
多くの女性は今回のことに涙を流しているのかもしれませんが、
この状況のなかで逝くことが本人と深く関わる人々の間にあるカルマを解消するのに
最善なことであるかもしれないのです。

日本的な死生観でいけば、死は悲しいもの悪いものでしかありませんが、
別の宗教観では、生の呪縛から解き放たれる祝福であるという見方もあります。
神という次元から観ると人の生き死には、悲しむようなことではないのです。
これを人間的な感情で理解するのはとても難しいことではありますが・・・。


魂は生まれ変わるけれども、
死んだ人は生前と同じに甦ることは出来ません。
キリストだって復活したあとは変化してしまっているから、
この次元に留まってはいられなかったのです。
もちろん生前に復活のための充分な備えがあったからこそ、
キリストの黄泉がえりは可能になったのです。

私達の殆どは、死後への霊的な準備をしていません。
甦りの場合は、先ず第1段階としてチャクラの活性がなされていなければ、
この扉は開くことはないものです。
この扉が開けられないうちには、死ぬことは絶対条件としてあるので、
何時どのように死ぬかの選択が魂の次元で決められるのです。
はたからは理不尽な死に思えるものでさえ、
本人の魂から言わせて貰うとベストなタイミングであるかもしれないのです。

死せる本人以外に出来ることは、
故人の選択を認めて受け入れることだけなのです。

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