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中毒(依存の構造) [依存症]

依存の別の形態が中毒です。
甘味、コーヒー、タバコ、アルコール等日常の嗜好品に始まり薬物中毒に至るまで
実に様々な中毒の実態がありますが、
エネルギー的に見てしまうとこれらはすべて同じ問題から発生していることがわかります。

中毒、依存にはまりやすい人は霊的エネルギーがセンタリングしていなかったり
グラウンディングしていなかったりしています。
場合によってはエーテルギャップを起こしているケースもあるでしょう。
サトルボディがきちんと正常に重なっていないとその隙間に様々なものが入り込みやすくなります。
この世界には、現在の私達が知識的に知っている以上の存在が複数いますが、
人間に寄生することでのみ存在する霊的なものもいます。
これらの低いアストラル階層に住む霊的存在は人間に絡みつき
私達から生命エネルギーを吸血鬼のごとく吸っているのです。

彼らは取り付いた相手が薬物中毒やアルコール中毒ににもっと没頭するよう情動を掻き立てます。
そして、自身が成長してますます相手のサトルボディに絡み付いていくのです。
こうして受けた霊的なダメージは一度の転生くらいでは消えないといわれています

サトルボディの損傷が与える人生の苦しさは、なまなかなものではありません。
それは私が保証します。こんな人生をあと何回もなんて考えたくないです。
しかも、その人生で常にポジティブに向かっていかなければダメージなんて消せるはずもありません。

想像してみて下さい。
親から「こんな子自分の子じゃない。」といわれ拒否される人生で
揺ぎ無い自己肯定を手に入れる困難さを。

 
また、私は別の意味での薬物の怖さを身をもって体験してきました。
医薬品としての薬です。

それは、私を生かすことを目的に処方されていたことは知っています。
体力と抵抗力のない私が他の病気を併発しないようにと処方されていた薬です。
何時から飲み始めたかは定かではありませんが、
国立小児病院に通うのを止めた小学五年生まで飲んでいたのは確かです。
現在ほど医療の様々な情報が開示されている時代の話ではありませんので、
具体的に何を飲んでいたかは知りませんが、この薬の影響(副作用)として、
私には飲んでも効かない薬が数多くあるようです。
止めて三十年以上経っても効かないのは、体質かもしれないと思うものもありますが、
十代に飲んで効かなかったのは花粉症や胃腸薬といった日常レベルの薬に沢山ありました。

また、身の周りに様々な理由で精神安定剤が手放せない人達がいますが、
この人達の話を聞くと驚くべきものがあります。
薬の量や強さのレベルが下がることがないのです。

昨年、少しの間宅急便ドライバーの横乗りの仕事をさせていただきました。
何人ものドライバーさんにお会いしていますが、
私の本業を聞くと「実は友人が鬱になっちゃって・・・。」と、相談を始める人の多さに驚きました。
皆様節度のある方々でしたので、
今後どのように付き合っていったらいいのかという注意点を相談されていましたが、
そのお友達の状況を伺っていると薬で回復に向かわれている方も多いようなので、
一安心という感じはありますが、
どうも根本的な解決に向かっていない感触を受けることもありました。

鬱病は第一チャクラのアンバランスというエネルギー的な問題があります。
そう、グラウンディングしていないのです。
発症に至るまでにはさらに第7チャクラのアンバランスも加わります。
うつ病の影に統合失調症が隠されているケースが見つかることもあるようですが、
これは精神科医Oさんの意見をその著書より読むとまさしくセンタリングの問題に思えます。
エネルギー的には第1、第3、第7チャクラのアンバランスと関係しています。

グラウンディングという概念を一言で日本語にするのを私はとても難しく感じています。
あるがままに生きる。
自己受容。
自分が属する社会の一員として生きる。
現実的に行動する。
これらすべてがグラウンディングと思うからです。
足元が安定していないから何かに寄りかからないとバランスが取れない、
この何かに寄りかかるのが依存であるわけです。


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借金からの解放のすすめ [依存症]

日本全国を飛び回っている時に相談される内容として意外に多かったのが
借金のお話でした。
私がコンサルする相手は四十代以上の年齢の方々が主でしたから、
普通に考えると親の世代の方々です。
特に多いのが友人間の貸し借りで、貸した人がお金を返してもらえないという趣旨のものでした。
ほとんどの場合強く言うと相手との仲が気まずくなると言えないでいます。
中には、申し込みが後を断たないというケースも見られます。
明らかに相手よりは年下に見えるであろう私が経験として申し上げられるのは、
友人相手に貸す場合はあげたつもりにならないと付き合いは続きませんということでした。
もちろん例外はあります。
私は過去友人に貸したケースで、
本気で私との関係を大切にしてきちんと返済をしてくれた友人もいます。
この相手とはそれまで以上の深いつながりを築くことができました。
けれど、他の友人は、私の人生から自らフェイドアウトしていきました。

私の体験としての借金の最大の問題を抱えていたのは自分の親でした。

私の母は典型的な愛しすぎる人でした。
父が次から次へとつくるお金の問題を自分が肩代わりしてしまっていたために、
父はますます自分の力で返すというバランスを見失ってしまったのです。
私が二十歳になる前に母は他界しました。
頼る相手がいなくなった父は次の相手として姉にすがり付こうとしたので、
姉は早々に嫁いで行きました。
自然父は残された相手である私への依存が始まったのです。
始まりは、時々でした。そして、こういう時期には返そうという努力も見られます。
しかし、完済せずに次の借金をつくりますます私への負担が大きくなるのです。
私は当時漫画家を目指していたので作品を描く時間の確保のためと、
父の依存に歯止めをかけるためにフルタイムで働くことは避けていました。
こうして日々戦い続けていたのですが、ある日とうとう腰痛に倒れました。
その腰痛も先天性の骨格形成不全から来るものなので西洋医学では不治であることを宣告され、
何時終わるともわからない闘病生活が始まりました。
寝たきりの一年間には優しく協力してくれていた父も、何年も家で過ごす私の姿に業を煮やし、
生活費を一切入れなくなりました。
再び作った借金返済に自分の稼ぎをすべて充ててしまったのです。
寝たきりからは解放されたといっても痛みのある身体で、外に働きに行くことは難しい状態です。
そんな無収入の相手に当然のように依存してくる姿には、
当時は憎しみ以外の何も見つけられませんでした。

流石に見かねた姉が自分の嫁ぎ先への同居を提案してくれました。
当時姉の家はご主人のお祖父様とお母様、
そして姉夫婦と幼稚園児になったばかりの姪という、
上は百を迎えようとしていて下はまだ五歳にもならない四世代同居の家でしたので、
猫の手も欲しい状態でした。
姉の家で暮らす間に私はオーラソーマの資格を取り、
癒しの道へと進み始め
自分も愛しすぎる人の典型であることに気づき、
真の自立へと向かい始めたのです。

一人暮らしを始め、何とか父との生活で始まり膨らんだ借金を返済しようとしましたが、
できなかったので自己破産しました。
この決断の前にはもちろん何人かの専門家のアドバイスをいただいておりますが、
全員の意見が一致しておりました。
私は自己破産をしたことでもう二度と父がつくる借金の保証人にされることはないと
法的に保障されたことで安心したことが大きな癒しでした。
父の名誉のためにいいますが、これは実際にはされたことはないのです。
けれども、肉親ですし、同姓ですから連絡先には度々されたので、
サラ金の「あなたが変わりに返済してよ。」という要請を断り続ける対応を
姉も私もかなり長いこと続けていたのです。

父は一人で暮らすようになってから時間はかかったものの
何とか自分で自分の生活に金銭的責任を持つことを学びつつあります。
これには、依存先である姉と私が父の申し出と
上記のようなサラ金の要請に絶対に首を縦に振らない努力も必要でした。

確かに貸せるお金のあるうちは断るよりも貸してしまう方が楽です。
しかし、そこには相手との対等な関係性は望めません。
恋人や友達関係に上下関係をつくりますか?
始まりは、困っている相手を助けてあげようという優しさかもしれませんが、
生半可な気持ちで貸すと、相手を失うことにもなりかねません。
又、仕事で出会った多くの場合はご主人に内緒というケースでしたが、
これこそが間違いの元なのです。
最も腹を割って正直に向き合わなければならない相手である、
人生と生活のパートナーである相手こそ1番に話し合うべき人なのです。
そもそも、貸そうとしているそのお金は、誰が稼いだものなのでしょうか。

又、私のように親子関係なら元々対等ではないでしょう。
しかし、親であっても子であっても無条件に与えてしまっていいものでしょうか。
親子の場合は友達よりも借金がなぁなぁになってなし崩しに終わることが一番多い関係です。
私が全国を飛び回っている間に感じたのは、親の世代が壊れているという思いでした。
物のない時代に育った人達は、その反動として
物を豊かに与えられれば相手が幸せであると思いがちです。
自分にも満たされなかった時代を埋めるかのように物を与えているケースも見受けられます。
こういう行為が借金に繋がっている人もいらっしゃいました。

どのケースであってもここには依存と自立というグラウンディングの問題が隠されているのです。
 
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薬物汚染 [依存症]

すごく久しぶりに風邪をひいてしまいました。
熱は出ないけれど鼻水と喉の腫れがひどくて仕方なしに風邪薬を購入しました。
さぁ飲むぞと、風邪薬を手にして量等を確認していると、
段々と症状が軽くなっているのに気がつきました

そういえば友人も風邪をひいたから薬を飲もうと手に持っただけで治ったという話をしていたことを思い出しました。
波動、エネルギーに敏感になるということはこういうことなんですね。
服用しなくても自己に取り込むことが出来るようです。
こうしたことから考えると、現代の生活は薬物を取り込みすぎなのかもしれません。
体に取り込んだ薬物の影響を取り除くのは存外に時間のかかるものです。
私の例で言うなら子供の頃毎日十年間飲んでいた薬の影響が抜けるのに十年必要でした。

薬の怖さは飲んでいる時だけが効いているわけではないというところです。
薬には有効時間というものがあるから1日何回飲むかが決まってくるわけですが、
この有効時間以上に身体はその薬の影響下にあるのです。
もっと怖いのは一度取り込んでしまうと身体からその成分を排出できないものもあること。
これはいわば一生薬漬けになっている状態とも言えるかもしれません。

別の意味で怖いのはやはり依存性をもたらすものがあることでしょうか。
現在、学生の大麻汚染が話題になっていますが、依存性の最も強いのが麻薬でしょう。
先日の小学校での授業の時に、人間のために働いている犬の話で麻薬探知犬の話をした所、
小学生から「麻薬ってなんですか?」という質問が出ました。
ニュースで大学生が大麻を所持、栽培していたから逮捕されたまでは子供達も知っています。
このことを二年生の子供がとうとうと周りに話しができるのです。
でも、それが何故悪いことなのかを理解していないのです。
私は迷わずはっきりと答えることにしました。
「麻薬というのは、法律で取締りをしている使うと身体に悪い影響が残る薬のことです。」
以前のブログでこの依存の仕組みについては、
中毒の回で既に書いていますのでここでは繰り返しませんが、
麻薬を取り込むことは、薬以外の存在を自己に取り込むことです。
ここで一番大切なのは何故それがいけないことなのかを理解することではないでしょうか。

安易に薬に頼る生活を現代の私達はしている所があります。
しかし、心と身体に向き合うことを行なうだけで、治る症状も沢山あるのです。

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砂糖という中毒物質 [依存症]

砂糖に依存性があることはチャネリングなどの情報では随分前から言われていましたが、
このほどラットによる動物実験で科学的に証明されたことが
アメリカの神経精神薬理学会議で発表されたそうです。
この情報は何だかやっとという気持ちもあるのですが、
これは突き詰めていくと経済に与える影響は計り知れないものがあります。

実験ではラットには薬物乱用時に似た行動や神経系統の変化が観察され、
禁断症状や長期的な後遺症もみられたそうです。

ここでいう薬物乱用時の神経症状がどのようなものかはわかりませんが、
以前から言われていることとしてあげられるのは、
愛情不足との関連です。

人間が糖分を摂取すると体内のホルモンは一時的に、他者から愛された時と同じ状態になるという。
それは内側が満たされたような幸福状態をつくりだすのです。
だから私達は甘いものを食べた時に幸福感に満たされるのです。

私は母が死亡した後、一時的に気持ちが不安定になっていたのですが、
この時期に羊羹の一本食い等という普段の自分に見られない行動が現れたことを覚えています。
与えられることのなくなったものを物質的に満たそうとしたのかもしれません。

実は全く同じ原理による中毒なのですがもっと問題視されないものもあります。
炭水化物への中毒です。
炭水化物といえばお米や小麦に代表される栄養素ですが、
これが体内に摂取されると消化酵素の働きにより糖質になるので、
糖分を取ったときと変わらない状態が時間経由でつくりだされています。
甘いものを食べた時のように直接的ではないために、あまり問題視されたことはありませんが、
世の中にはご飯に執着する人、パンに執着する人、せんべいに執着する等、
ここから中毒症状にはまっている人は多く見受けられます。

砂糖も米も麦も、私がこれまで見た情報では精製された物がよくないとされています
人間の必要栄養素の1つとして糖分が、間違っているわけではありません。
本当の問題は加工のあり方のほうなのです。
米なら玄米を、麦なら全粒粉で私達は食するほうが安全なのです。

すべての中毒は、満たされない思いを外側から、物質で満たそうとしている行為なのです。
けれど、このことによる満たしは永遠には続きません。

私達がその渇きを自己の内側に求めって行った時、癒され、
真我による愛で私達は満たされるのです。
そうなれば偽りの愛で自己を満たす必要は永遠になくなるのです。
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チョコレートのジレンマ [依存症]

いよいよバレンタインが一週間後に迫ってまいりました。
心優しい女性達は、今日明日当たりは買い物に奔走しているのではないでしょうか?

毎年実は悩むんです。
私はからだに良くないと解かっているものを食べるのは、どうかと思うところもあるからです。
そうです、甘~くて美味しいチョコレートは、中毒物質の代表食品でもあります。
チャネリング系の話によれば私達が食べているのは、カカオの精製技術のレベル的に
まだ、安全に食べられる(中毒にならずにすむ)状態にはなってないらしいのです。
そこにさらに中毒物質である砂糖まで加えられて生産されているのです。
つまり二重の意味でチョコレートは中毒物質なのです。

チョコレート中毒って砂糖の中毒と同じで、世の中にあまり認識が広まっていかないようです。
多分、お酒や煙草のような実害としての中毒症状ではなく、
毎日食べたくなる程度だから、カロリー面や歯の健康という部分以外では、
あまり考えられていないのではないかと思います。
そのうえ、中毒者も多分チョコレートそのものになのか、チョコレートの中の砂糖になのかも
症状的に区別がつかないのでは?

ただチョコレートには、砂糖と違って香りがあります。
味覚と欲求をくすぐる香りがあるから、時に逆らえなくなってしまうのです。
そんなわけで、私も「時々ならいいか」と、衝動買いしては、食べてしまうわけです。

この季節食べることと他者に送ることの二つのジレンマに苛まれるのです。
送らなきゃいいとお思いでしょうが、私が感謝を込めて送っている人は、
大のチョコレート好きなんです。
そして、ホワイトデーには必ずチョコレートでお返しが来るのです。(笑)
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占いは人生を変えられるか? [依存症]

皆さんは朝のニュース等で流れる占いを気にしますか?
正直なところ私は占いには否定的な人間です。
なぜかというと小学校の時の同級生に自分と同じ日に生まれた子がいて、
私達は全然性格が違っていたからでした。
生年月日が同じであるなら多くの占いでその子と私は同じ性格になります。
「こんなの信じられない!」と、思っていました。

その私に改めて占星術というものを考えさせることになったのは、
オーラソーマのレベル2を受講した時でした。

ティーチャーから渡された自分のバースチャート(生まれた時の天体の配置図)の
異様さにまず驚きました。
さらに、授業の内容の難解さが私に火をつけました。
私はレベル2終了後何冊も占星術の本を読み漁り、
自分のバースチャートが示す意味を読み解くことが出来るようになった時に、
雑誌やニュースに流れる占いと呼ばれるものが示すのは何かを理解したのです。

占星術の場合、今日という日の天体の配置が与える予想される情況を
占者が読み解き、今日の占いというものになります。
つまり、占者の星の解釈が入り込み人によって違った占いになるのです。
ですので、結果として私は今日の占いというものは信用していません。
しかし、バースチャートが示すものは、動かない事実として受け入れられるのです。

バースチャートというのは、
その人が生まれた場所と時刻もあわせたデータとして導き出します
同じ日に生まれても場所や時刻が違えば、天体の配置は違うのです。
一般の星占いというのは、バースチャートの中の太陽の位置で決まります。
しかし、バースチャートには他に月もあれば、冥王星もある
もっと個人を構成する要素がいっぱいあります。
天体の位置が与えるエネルギーというものならあっても不思議ではないと
私は思いました。


さて、星占いというものがどういうものであるかご理解いただけたでしょうか。
これを理解した上で、占いに人生を左右される必要があるのかと
私は言います。
どのような予想が今日という日にされたとしても、選ぶのはあなたです。
あなたの意識が目の前の現象をどのように捉えるのかで、
その後の結果も変わっていくだけではないでしょうか。
あなたはあなた以外のものに自己の人生の主導権を明け渡していいのですか?
最終的に結果を選んでいるのは、いつでもあなた自身なのです。
その選ぶ根拠にするものは、何にしますか?
私はハートに選ばせたいと思っています。
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人間関係における依存 [依存症]

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日本は古来より母系社会の国でした。
母なるもののエネルギーはすべてを包み込み、
許し受け入れるというのが、そのエネルギーの持つ本質です。
このエネルギーのマイナス面は、甘えという依存傾向を生み出しやすいというところでしょうか。

すべてのエネルギーにプラスの面とマイナスの面、陰と陽、両極のものが含まれています。
人間の性格も一方からは短所に見えても、他方からは長所であることは、
よくあることです。
これは私達がその特定の何かについて勝手に意味づけして
判断していることを表しています。
ですから、マイナス面といっても、必ずしも悪い面という意味ではありません。

しかし、日本のこの母系社会の生み出した依存傾向は、
現在ひたすら悪い循環を生み出していると言わざるを得ません。
それは、頼らせている母なる存在が、既に依存的状態にはまってしまっているからです。
母親がエネルギー的に自立していれば、多少子供に甘えが出ても問題ありません。
それは、時を見て自立を促すことも可能だからです。
けれども、母親が自立したエネルギーを持っていないと、
別の存在にすがってバランスを保っているから、その相手がいなくなると困るのです。
結果、相手の自立のエネルギーも削いでしまうことになります。

少し前にはパラサイト親子とか、結婚した子供に仕送りを続ける親が、
社会現象的に取り上げられていましたが、
根本原因は、もっともっと深いところにあると私は見ています。

神聖なる母、女性の女神の側面が失われて久しい現代社会で、
女性が依存という病的状態から立ち直り、共依存という健全な姿を取り戻さなければ、
パートナーである男性のエネルギーも病んだものにしかなれないのです。
男も女も私達は自己の健全化を学ぶ必要が在るのです。


何故、現代女性が病的依存なのかについては、以下に記す過去記事をご参考ください。

鬼婆化している私達                 http://blog.so-net.ne.jp/emerald-heart/2008-11-15
脱鬼婆 バランスのとれた存在になるために  http://blog.so-net.ne.jp/emerald-heart/2008-11-16

タグ:依存症
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依存症と第2チャクラの関係 [依存症]

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相変わらずお一人様人生満喫中の私ですが、過去私は重度の依存症でした。
依存症といっても別にアルコールや煙草に耽溺していたわけでは、ありません。
人間関係における依存にはまっていたのでした。

母が生きているうちは、母に私と父が依存していました。
私の母は典型的な「愛しすぎる女」であったのです。
母がガンで他界した後、私の依存は形が変わります。
父が私に依存してきたから、私の依存は頼るものから
頼らせるものに変化したのです。
しかし、父の依存は特にお金に出るのでたまらなくなって父の元を離れました。
この辺の話は過去ログにあります。

頼りっぱなしになるのも頼らせるのも依存症というひとつの病態です。
人間関係に現れる形としては、上記のようになりますが、
依存する先は、人間に限らず冒頭にあったような薬物的なものやギャンブル、
食べ物と色々です。
すべての依存症というのは、第2チャクラのアンバランスです。
他との適切な距離を保ってつきあうことと関係するこの場所のもうひとつのアンバランスは、
人に助けを求められないというかたちでも現れます。

私達は世界の中でたった一人で生きているわけではありません。
であるならば、周りの人と関わって生きていく必要があり、
社会の中では、その関わり方として助けを求めなければいけない時もあるのに、
周りへ適切な協力を求めることが出来ず、
一人で頑張ってしまう人がいるのです。
当然これも、第2チャクラのアンバランスが関係しているのです。

常に人に助けを求めるのも異常なら、
なんでも一人でしようとするのも、調和を欠いた在り方なのです。
どのような関係性にもバランスは必要なものなのです。


関連する過去記事

愛しすぎる人達         http://blog.so-net.ne.jp/emerald-heart/2008-04-10
借金からの解放のすすめ   http://blog.so-net.ne.jp/emerald-heart/2008-04-20
ありのままのあなたを愛する http://blog.so-net.ne.jp/emerald-heart/2009-04-26
人間関係における依存    http://blog.so-net.ne.jp/emerald-heart/2009-05-07
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依存とエーテルコード [依存症]

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今回は、依存関係にある者達が、どのようなエネルギー状態になっているかのお話です。

エーテル体とは私達の肉体の外側にある微細な目に見えない身体であることは、
覚えていらっしゃいますでしょうか?
基本的には肉体とほぼ、同じ形をしています。
しかし、肉体のように3次元の物質で出来ているわけではありませんので、
この意味では固定されたものではないのです。
人が別の誰かと依存関係にある時、支配する側のへそのところから
エーテル体が紐のように伸びて、相手のへそのところに食い込みます。
そうやって直接オーラから相手のエネルギーを奪い取っていて
更に負のエネルギーを流し込んでいるのです。
物理的にある程度離れれば、とりあえずはこのコードは離れますが、
近寄れば即座に再びつながりを形成します。

このエーテルコードというものは、身内や恋人など近しい関係にある者ほど
強力に結びついていたりします。

自分と相手との依存関係に気がついていても、
なかなか関係の改善に結びつかない時、
このコードがあるから、その相手のそばに行くと自己のエネルギーは奪われ
更にダメージになるエネルギーを流し込まれてしまうために
他の人との時のように振舞えなくなったりするケースもあるのです。

では、どのようにすればこれから逃れることが出来るかというと、
大天使ミカエルにそのコードを切ってもらうのが、
1番安全なのです。
天使の中で唯一、武器を持っている彼の剣は、
このような悪しきつながりを断ち切ることに使われるものです。

「大天使ミカエル、今すぐ私のところにおいでいただき、私に繋がる
私の力を奪い取るこの繋がりを断ち切ってくださいますようお願いします。
どうもありがとうございます。」

このワ-クを行ったすぐ後は、少しの間静かに呼吸に集中するようにしてください。


時々、このようにして切り離した相手が無意識に関係を元に戻そうと、
接触してくることがあります。
そのような相手とのお付き合いはよく注意して、
相手に感情的に同調しないように振舞うことが大事です。

もし再び繋がってしまったならまた大天使ミカエルを呼びましょう。
彼は何度でもあなたを助けに来てくれるでしょう。


関連する過去記事

http://blog.so-net.ne.jp/emerald-heart/2009-03-20

http://blog.so-net.ne.jp/emerald-heart/2009-11-04


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何にすがって生きているのか [依存症]

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「今年の新春の番組は面白そうなのがない。」
そんな声をちらほらと聞きました。
そこで、普段出かけないところに初詣に行ったという方も・・・。

私は、テレビを持たない観ない生活になって八年近くが過ぎようとしています。
で、生活から消えてみてその存在への依存度というものが良く解かります。
この生活の始めは、何とも落ち着かないもので、
私はラジオに頼っていました。
友人がよくラジオ番組のパーソナリティを務めることがあったので、
元々よく聞くほうだったのです。
数年が経ち私の心が癒され落ち着くにつれ、
ラジオも必要なくなりました。
でも、最初は好きなアーティストのCDを流しっぱなしでした。
現在は、日常には何も必要ではなくなりました。

聴きたい時に聴きたいものを聴くだけの生活になったのです。


何かに依存して気持ちを支えている人は、
その相手がいなくなった時にバランスを崩してしまい、
悪くするとそのまま大きく転倒してしまうこともありえるのです。
私は、過去において愛犬が他界した後に、
不安神経症のような状態に陥り、
自分の状態がいかに不安定なバランスであったかを自覚いたしました。

このことに関する過去記事    http://blog.so-net.ne.jp/emerald-heart/2008-06-08


テレビや音楽、特定のアーティストやペット等の存在に
無意識にも依存している方々は、
自覚のないまま喪失の事態になると、
いきなり自己の問題が浮上してきてパニックする人も少なくありません。

こうした体験を経て、
初めて、依存を手放し、自分の足で立って生きるという
グラウンディングの大切さを自覚する人は沢山いるのです。
タグ:依存症
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苦しくて、苦しくて・・・。 [依存症]

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私の家の周りには結構農家がありまして、その庭先に大きなオレンジの木が
枝先にたわわにオレンジの実をつけているのが見られます。
この色からするとちょっと違う印象になるオーラソーマのオレンジ色のボトル、
私がコンサルする人々は、とてもよく選ぶコンビネーションボトルでもあります。

依存と深く関わるこの色ですが、
その病理は厄介ともいえる面を持っています。

内面的に、エネルギー的に自立していないから、
簡単に相手にすがろうとするところがあります。
自分が不安定だから他者にすがり付いてしまうのです。

その相手が医者やカウンセラー、占い師、セラピスト、霊能者、恋人や夫、
はたまた家族であることもあるでしょう。
彼らにとっては、自分を頼らせてくれる人がいい人、正しい人なのです。
家族との関係が依存的であるのも厄介なものですが、
仕事上の関係が依存的なのは、もっと性質が悪いと私は思っています。

プロになってすぐの頃、Nさんという知り合いがクライアントになりました。
知り合いですから、この人に依存傾向があるのは最初から見えていましたが、
それがどのような事体になるかが、私はわかっていませんでした。
Nさんはセッションの後、何かあるとすぐ電話してきて長話します。
今回はこんなことがあった、それでこんなことに気づいた。
そういう報告の時もあれば、
パニックしたり落ち込んだりした時も電話してきます。
職業柄非常に不規則な生活が当たり前の人だとは、承知していましたが、
夜中にもかけてきます。

気がつくと年がら年中かけてきて、愚痴ったり相談してくるのです。
一回のセッションの後、どれだけフォローに時間をとられたか、
こちらの生活のペースまでがすっかり乱されてしまいました。
そうして、一年くらい経った時に私はNさんが選んだボトルを見て愕然としてしまいました。
一年前とあんまり変わらないボトルをNさんは、選んでいたのです。

ヒーリングを進めていたつもりだったのに、私にただ依存してしまったNさんには、
ほとんど進歩がなかったのです。
私にとっては、駆け出しの頃の手痛い経験となったのです。


人に頼ろうとするこの人達には、自立のエネルギーが殺がれる経験を
している方がほとんどです。
それは病気であったり、事故であったりきっかけは色々ですが、
エネルギー的にショックな経験をしているのです。
このショックを解放してあげないと自己のエネルギーがなかなか安定しません。
ですから、いきなり依存していた手を離しても一人で立てないことも多いのです。
この為、
依存から脱け出すには、適切に対応できる人の助けが必要なのです。
タグ:依存症
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自分の健康に責任を取る [依存症]

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誰しもわからないことは、人に訊きたくなるものかもしれません。
けれど、あなたの身体のこと、
精神の状態、感情のあり方、これらすべては、
この世の誰よりも自分で気がついていなければいけないのです。

ところが、病気まで発病しているというのに、
自分の状態を見ようとしない人がいます。
自分の健康管理を人任せにしようとしている人がいます。

病気を治すのはいつでもあなた自身です。
医者が治すわけじゃありません。
ヒーラーやセラピストが治すわけでもありません。
あなた自身がいつでも頑張っているのです。
それなのに、
生き続けているということは、細胞達が頑張っている証拠なのですが、
自分の身体を承認してあげることをしない人がとても多いのです。

医者やセラピスト、ヒーラーが治す手順を決めて、
それに沿うことで良くなるのだと誤解している人も多く見受けられます。

社会システムのせいで自己の自主性に気がついていないのかもしれませんが、
病院なら、行くか行かないかは自分で選んでいるはずです。


例えば、エッセンスを一本飲んだら、間違ったものを飲んだのでない限り、
飲む前とその人のエネルギー状態は変わっているはずなのです。
どの位変わったかは、その人がテーマとしたこととどれ程取り組んだかでも変わります。
そうであるなら、自分のことを把握して、
次のステップはどうしようかと、自分で決める必要があるのです。


自分の健康に権威を持つのは自分自身でなければならないのです。
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酒と煙草と・・・ [依存症]

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お花見を心待ちにしている人はとても多いのではないかと思います。
私は桜は心待ちにしていますが、お花見は殆ど経験ありません。
今はアルコールを受け付けない身体になってきていますが、
もともとは「ワク」と言われる飲んでも酔うことのない体質でした。
何にも変わらないから飲むだけバカらしい、いつも冷めた気持ちで酒席にいました。

飲める体質であっても、お酒を飲む心理が私にはわからないままでした。
はっきり言ってしまうなら、
飲んでストレス発散というのは、問題から目をそらしているだけです。
実は何の解決にもなっていません。

アルコールは化合物なので、決して身体にいいものではないのです。


更に有害と感じるのは、煙草です。
煙を吸いたくない人がそばにいるかもしれないといったことを、
あまり考えない喫煙者が多いのも不思議です。

ニコチンには体内へのアルミニウムの沈殿を防ぐ効果があると言う人もいますが、
こちらもはっきり言ってしまうなら、喫煙者のオーラは汚いです。
そばにいるとこちらにもダメージが来るほどです。
オーラの中にこれらへの依存を掻き立てるアストラル生物が住み着いて、
生体の健全なエネルギーを餌に成長していく生き物ですので、
オーラ場が触れ合うほど近付いてしまうと、他の人のエネルギーも吸い取ろうとします。

こうしたことを考えると喫煙者とのハグは「御免」という感じなのです。


法律で成人には許されている行為といっても、
どちらもけして進んでするべきではない行為なのです。
こうした、自分を害する行為を止めないくせに、「健康には気をつけている」という人々は、
根本が間違っているといわざるを得ません。


酒や煙草が止められないのは、その物質に心理的に依存しているからなのです。
自分の心の何をそれで誤魔化しているのか、
そこと向き合い、クリアーにした時には、必要のないものになっているはずです。
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ショックと依存症 [依存症]

DSC01255.JPG
オーラソーマでは強いショックを受けたことを意味する色と
依存状態を意味する色は同じものです。

他の分野ではあまりいわれないことですが、
人間は強いショックを受けるとサトルボディの中のひとつであるエーテル体が
本来あるべき位置より左側にずれるという現象を起こします。
この現象について詳しく知りたい方は過去記事をご覧ください。
 エーテルギャプ http://blog.so-net.ne.jp/emerald-heart/2008-04-02

左側にずれるということで、当然エネルギー的にはセンタリングしていません。
自分の中心におさまっていないから、不安定なのです。
これを無意識で感じるからなのか、この状態になっている人は、
他者への依存が現れます。
時には身体の状態も虚弱となり、他者に依存しないと生活できない状態にもなります。

鏡の法則が働くのか、
過去に強いショックを経験し、そのエネルギーの癒し、解放が済んでいない人ほど
再度ショックなことを経験することも多いように見受けられます。

よくどのようなショックな出来事も時が癒してくれるといいますが、
エネルギーのレベルで見たら、ありえないことです。
ショックな出来事に関わるほかの人がいて、相手がそのことを忘れてくれるから、
本人が楽になるということなら時が解決するもあるでしょう。
ヒーリングという観点から見たら何もないままで癒されることはないと思います。


その体験がどのようなものであれ、
強いショックを経験すると大方の人は、自己の霊性や自分の能力に対する信頼を
持ち続けるのが難しくなります。
自分だけで対応できない思いから他者に依存することにもなるのです。

ショックと依存にはこのように深い関係があるのです。
タグ:依存症
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毎日の一杯は、依存かどうか [依存症]

先日の勉強会のあとの懇親会で、参加者の一人から
「どうしても、お酒だけが止められない。何かいい方法はないですか。」
という声が上がりました。

この方決して昼間からお酒を飲み続けているわけではありません。
晩酌についてのお話です。

一日の終わりに冷えたビールをぐいっといく。
世の中にこの習慣のある人はどのくらいいるのでしょう。
私はこの習慣も実はアルコール依存症の範疇に入るのではと疑っています。
節度なく飲んでいるわけではないから誰も病的とは思わないでしょうが、
毎晩飲まずにいられないって、こと自体が異常です。

前出の方は動物性のものを食べるの止めようと思った時点ですっぱり止めた
私よりも完全なベジタリアンです。
そんなことができる人が、お酒だけは止められないって変じゃないですか?

私はここに煙草や薬物の依存と同種の寄生生物の存在を疑わずにはおれません。
オーラの中に住み着き私達の生命エネルギーを吸い取る生物。
その一方で宿主の情動をかき立て、アルコールを飲まずにはいられなくしている。

毎日の晩酌、これのために一日頑張っているのだと言う人も少なくはありませんが、
人生に支障はないのだからというのは、
間違っているように思います。

あなたは、飲んでいる人と真剣な話をしようと思いますか。

家族と向き合える貴重な時間を失っているのは確かだと思います。
重大なものを突きつけられるのが嫌で、無意識の逃避として飲んでいる方も
いらっしゃるのではないでしょうか。
それは永遠に逃げ続けられるものなのでしょうか。

熟年離婚なんていうものにも影響を与えていそうな気がしています。


この真実は、オーラが見えるようになるか、
晩酌を止めた人にしかわからないのかもしれません。
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消えた思想 [依存症]

私がオーラソーマを生徒として学んでいたのは、十年前になります。
色のメッセージとして依存を学んだ時に、
では反対の状態は何かと、問いかければ、「共依存」であるといわれました。
それは、93番ボトルに見られる補色の関係、海と珊瑚の関係そのものといわれました。

今日、不思議なことに「共依存」は、反対の意味で使われています。
言霊の作用か、共→強依存の意味になってしまい、
依存の反対は自立であると言う人が多く見られます。

私はこれに違和感を覚えます。

お一人様を続けていられるのも、
自分が一人だけで生きているわけではないことを、知っているからできるのです。
私が着るもの、私が食べるもの、そうしたこの世に自然発生したもの以外のもので、
自分の生活が成り立っている、誰かの仕事に支えられているのを、
知っているからありがたいと思うし、孤独になれない。
植物や動物や鉱物や、精霊や幽霊やガイド、
様々なところからの声も届くのでまったくもって独りになんてなれないのです。

これをうるさいと思う時期も随分と前に通り過ぎました。


自立ということを強調している人は、何か幻想を見ているように思えます。
人間は地球にサポートされて初めて生きていられる存在です。
その証拠に、このままの姿では宇宙空間に存在すら出来ないじゃないですか。


珊瑚は、水のきれいな海でしか生きていけません。
しかし、珊瑚がいると海の水はますますきれいになれるのです。

相互に自分の力で助け合う、この姿が、
依存を脱け出した理想の姿のはずなのに、
「自立」という、周りを断絶した姿が理想のように唱えるのは、
私には、奇妙なことにしか見えません。
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ありのままのあなたを愛する [依存症]

2740907
過去ログを読んでいる人は、知っていることでしょうが、
かって私は自分の父を憎んでいました。
私の父は「お金は天下のまわり物」と信じている人で、
家族の持ち物に境界線の引けない性格だったのです。
すなわち、家族のものは俺の物、俺の物は俺の物だったのですが、
自分が作る借金に関しては、家族のものになってしまう困ったチャンでした。

私が二十歳を向かえる前に、母はガンで他界し、
生命保険の受取人名義は、私であったため、
私はお金を持っているという心の甘えが父に出るのでしょうね。
27歳の時に腰痛で倒れ寝たきりになってしまった無収入の私に、
借金の返済で苦しむ父は、家計費を一切入れなくなりました。
それでいて当然の権利のように食卓のテーブルに着き、
「飯はまだかぁ?」と言っている父に対する
怒りと憎悪は抑えられるものでもありませんでした。

早々に結婚して父から逃げた姉も見かねて、私を婚家に居候させてくれました。
父のもとを離れ、運命に導かれるがごとくヒーリングの勉強を始めた私は、
自分が癒されるほどに他者への癒しの可能性が拡がることを知るのです。
学びが深まれば、家族のことも冷静に見ることができます。

怒りの下には悲しみが、憎悪の裏には愛情があることを私は知りました。
私は父を愛するがゆえに、もっとちゃんとして欲しい
父親らしく振舞って欲しいと望んでいたから、
自分の理想とする父とは違う、父の生き方、振る舞いに傷ついていたのです。
人は身近な相手、とりわけ家族や恋人、伴侶には
自分の欲求を満たしてもらいたいエゴを持ちやすいものです。
しかし、
「どうして?」と、自分の理想と現実のギャップに傷つくのは、身勝手な話なのです。

自分勝手な欲求や要求を手放して、父を見てみると、
残っていたのは、ただ愛だけでした。

自分の内側にある観念、「こうあるべき」を手放したことで、
父自身が何も変わらなくても、私の感情は変化させることが出来たのです。

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愛しすぎる人達 [依存症]

日本の古くからの結婚の形態は依存症的形態であると思います。
日本各地を飛び回り、オーラソーマとしては対象者年齢が上な
40代以上の方々のコンサルをすることが多かった私が実感することです。
この年齢が上がるほどに顕著になります。

夫が外で働き得た収入を妻に預ける、妻は預かったお金ですべてを切り盛りして家庭を守る。
これが支障なく実現できることはある意味素晴らしいことと思います。
しかし、妻は家と近所に閉じこもりの生活していたり、何をするにも夫の許可が要るという女性や
自分の下着がどこにしまわれているかも知らない夫というのは、病的といわざるを得ないでしょう。


依存症というと、いかにも病気みたいなのでここでは依存と表現しますが、
依存の傾向が出ていますとお話してもピンと来ない人はとても多いものです。
それはやはり上記のような文化的背景もあるのかとも思われますが、
「えーっ私頼られてばっかりなんですよ。」と、返してくる方も割りにいらっしゃいます。
こういう方に実はそれが依存なんですと話すとさらにビックリされるわけですが、
依存とは頼るばかりではなく頼らせるのも依存だということをご存じない方が結構いるのです。

この頼らせるタイプの依存の方が本人が気が付いてないケースが多いようです。
私はよく依存の関係を説明する時に漢字の「人」を使って説明します。
片方が頼っているように見えても、実は相手も頼られることでバランスをとっている関係なのです。
こうした関係は恋愛や夫婦関係にも見受けられます。
「この人ったら私が付いていてあげなきゃ駄目なのよ。ほっとくとカップ麺で毎日過ごしているんだもの・・・云々。」
一見ベタ甘な関係に見えるこの台詞に現れている依存の病理はとても深く、
脱け出すのは容易ではありません。
大抵のこの頼らせているタイプの人々は優しく愛情深い人で、
相手を愛しすぎるが故に人間関係におけるバランスを崩してしまうのです。

過保護や過干渉な親というのも世の中にはいると思いますが、
これも実は依存から出ているものも少なくありません。
ここにみられるのは、相手を自分の思い通りにするという「支配」
相手からエネルギーを「奪う」というエネルギー的な関係図です。
この前者のタイプはパニック障害に発展することもあるでしょう。
時に、相手を心配して何が悪いのかと反論されることもしばしばありますが、
このタイプの方は、自分が心配する相手に一生側についてまわって
相手のためにしてあげることなど不可能なのだということを気が付かなければなりません。
とても、わかりやすい実例として、こんな話がありました。

子供が転んで怪我をしないようにいつも手をつないでいて助けていた親がいました。
やがて子供が幼稚園に上がった時この親は自分の失敗に気が付いたのです。
その子はいつも親がかばっていたからとっさの時に自分の身体をかばう癖が身に付かずに、
顔面から転ぶ子供になっていました。
同じ年のほかの子供は、普通転んだ時に無意識に手を付いたりして自分をかばうものなのに
それができない子供になっていたのです。
まさに、心配するという愛情が相手の自立のエネルギーを奪っていた実例といえるでしょう。


こうした依存の状態の解消にはオーラソーマやフラワーエッセンスどちらも有効ですが、
テーマを持って掘り下げていける点ではフラワーエッセンスのほうが効果的かもしれません。
しかし、フラワーエッセンスはブランデーを保存料としているものがあり、
アルコールに対しての依存症に対処する時は、このタイプは使用してはいけません。
このような時使用者は、エッセンスに入っているアルコールにさえ依存してしまうからです。
癒しの効果があるものであっても適切に使用されなければ、
そこに新たな依存を作り出してしまうのです。
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反依存 [依存症]

さて、十年ぶりにレベル2コースに参加していますと、いろいろ新しい発見があります。
そのなかにこの反依存がありました。

依存の状態にある人は、いきなり反転することがあるというもの。
恋人に依存していた女性は、別れると
「もう彼氏なんていらなーい!」となる。
依存的な夫婦関係の場合は、
「もう、結婚なんてこりごり。」という感じに、
絶対必要だったものを今度は拒絶するかたちになるのです。

結構このような人をこれまで沢山見ていたので、すんなり納得してしまいました。

人間は他者と関わらずに生きることは、不自然で社会の中では、不可能ともいえることなので、
関係性を持つことを拒否するというのは、
やはり病的と言わざるを得ません。

依存はしてもいないし、させてもいないと思う方、
場合によっては、ここにはまっていることもあるかもしれません。
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困った時の神頼み [依存症]

DSC00818.JPG
仏教にしても神道にしても日本人のこれまでの神仏との付き合い方は、依存的なものです。
それが端的に表現されているのが、表題の言葉でしょう。
何か困ったことがあった時、自分の力の及ばない部分を何とかしてもらうという心理がここにあります。

神社で祝詞を奏上してもらったことはありますか?
題目は心願成就でもお祓いでも、商売繁盛でも何でもいいです。
神職さんは言います「私がやるわけじゃありません。神様がしてくださるのです。」

原則として、神職さんは神様への取次ぎを行う人なのです。


ここにあるのは、他力本願とまでは言わないけれども、
100%の自己の力を信頼してそれを発揮して生きる自己信頼とは程遠い
他者に自己の力を明け渡して生きる依存的な姿です。
ですから、神様仏様方を自己の上に位置するものとしての生き方になってしまいます。
これでは信仰を持っていても、真の意味での自己の強さには繋がらなくなってしまいます。

私は神様仏様を敬っています。
長い歴史の中で人間の為に、地球の為に働いてきた存在に感謝しているからです。
けれども、自分の上には置いていないのです。
奉るものではなくまつろうもの、交わるものという風に捉えています。
もちろん敬っているから礼は取ります。
人と付き合う時のように、その言葉に耳を傾け、時には頼まれごとも引き受けますけれど、
すべてに「Yes」をいう必要はないと思っています。

それは、唯一絶対の神、英語で言う「GOD」の一部である自分という
存在を認識しているからに他なりません。

タグ:真の自立
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もっとパワーを欲する人達 [依存症]

オーラソーマを使うにしても、フラワーエッセンスを使うにしても、
クリスタルを使うにしても癒されようとしない人達がいます。
このタイプの人達は、現在行き詰っていてなんとかしなきゃいけない所まで追い込まれていても、
それが自分のせいだと認めることを拒否して、
なんとか切り抜けるためのパワーだけを欲する人々です。

つまり、このタイプの人にとっては原因は外側にある何かということです。
例えば、何か不幸な出来事が起きたとしても、
出来事が悪いのであって自分には非はないと考えるようなものです。
これをしていくと、いくら外からパワーをかき集めてみても、
自分にとって不快な出来事は起こり続けるから、常に新しいパワーが必要だし、
真に満たされることなどないから、内側は飢餓状態のままです。
恋愛がうまくいかないのは、パートナーが悪かったからと
彼を取り換えてもいい恋愛などできなくて、相手にいつも不満が出るでしょう。
例え百億の富を得ようともこの人は満足はしないのです。

何をサポートとして選ぼうとも、自分を変える気はないから
ただ、表面的に足りないものを補うような感覚でしかワークしないので、
使っているそれに依存してしまい、ボトルを使っているから変化するだろうとか、
エッセンスを使っているから変わるだろうとか、
クリスタルを身に着けているから願望が叶うという感じに
ただパワーに安易に依存しているだけなのです。


実際のところ、自己と正直に向き合っていればヒーリンググッズはなくても、
人間は霊的に成長していけます。
その成長という側面の中の自己の変化を促すのに、癒しが必要なだけです。

そして、癒しという変化は
必ずしもエゴが望むこうなりたい自分には当てはまらないものなのです。
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どこまでが依存? [依存症]

DSC01861.JPG
水曜の検査でいくつかのことが判明しました。
この一年の努力により膀胱の状態は改善されているようで、
以前あったがたがたのラインは見られなくなりかなりきれいに丸い形の膀胱になっていました。
逆流も起きませんでした。
これで当面は薬を増量する必要性はないこととなるでしょう。
ただ、以前できていた自排尿機能が衰えてしまって、
検査台にまたがった上半身を起こした姿勢では全く排泄できなくなっていました。
つまり、導尿に頼るしかない状態になっているのです。

身体って一年その機能を使わないと衰えてしまうものなのですね。


今回の地震で現地へ手伝いに行くことをあきらめた原因、
このトイレの問題について被災者達への対応も含め先生と検査の間おしゃべりしてしまいました。
自分の住んでいる地域であのような事態になったら、
やはり困るのは導尿に使う医療機器の確保です。
先生からの提案としては、まず最初に病院に駆け込んで、
体内留置形のカテーテルを入れて貰って人工膀胱を装着する。
私が子供の頃に行っていた方法です。
これは、昔でも一ヶ月はそのまま持ちますからかなり有効な手段となるでしょう。
少ないトイレの順番待ちの間に失禁してしまうなんてこともないでしょう。

もう一つの方法は、普段使い捨てているカテーテルですが、
これを洗って使い回す。
昔使われていいたゴム製と違いプラ製は耐久性が良いように思います。
とにかく一本でもいいから手元にあるならこれを洗って使い回す。

私は日常に携帯用のカテーテルを使っていますから、
これは被災した時も活用できるものです。
今回も大地震直後はこれを入れたポーチを身近に常において緊張した日々を過ごしていました。


これがないとトイレができないというのは、
これに頼った生活をしているので依存と言えなくもない状態です。
しかし、透析といった事態になる可能性を低くするための現状の対処で、
生死に関わる事態を防ぐための未病のための依存状態となります。

現代医療の複雑さや矛盾そのものが形となって現れている気がします。
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やっかいな態度 [依存症]

DSC02236.JPG
11月も後数日で終わりを迎える今日この頃、
皆様来年のスケジュール帳はもう手に入れましたか。

私は今年に引き続き、「わたし時手帖」というのを購入しました。
これには月齢の他、太陽や水星、金星、火星等の運行や旧暦、24節気も
示しているのでとても役に立つのです。
このほかにパワーストーのことやカラーのことと、盛りだくさんの内容が示された手帖なのです。
その中に「新月の願い事」のことも書かれています。

私の過去記事「満月の浄化・新月の浄化」が、ACCESSトップなのは、
これに関連してのことなのだと思っています。

「新月の願い事」は、月の月齢に併せてそのパワーを取り込み、
自分の願いを叶えようというものですが、
お財布ふりふりから、個人目標までいろいろな目的で活用している人がいるのが、
現状ではないでしょうか。
記事へのACCESSの高さがこれに関する関心の高さを示していると思います。
目標を立てる、達成しなかったら目標を見直すというのは、
健全な使い方と言えるかもしれませんが、
お財布ふりふりに見られるような依存的態度の人々は、
何故それで願いが叶うのかを理解していないように思えます。
努力らしい努力もなしに収入が増えるのはなぜでしょう!?
努力はしている、お財布を振っているのだから」という人は、
その論理的破綻に気がついて欲しいです。

世間様からは「電波系」とか「不思議ちゃん」とか言われる私でも、
それは変だと思います。
行動と結果のバランスが取れていないからです。


基本、「新月の願い事」にはエンティティが関与しているといいます。
彼らが願いを叶えているのです。
しかし、これは依存の構造以外の何者でもありません。
昔からある神頼みとしていることは何ら変わらないのです。
そして、このような依存的態度があるうちは、アセンションは叶わないのです。

また、神頼みも本来は願いが叶ったらお礼参りをするものです。
これは、対価を払う行為とも言えます。
「新月の願い事」の対価は、いつどのようなかたちでエンティティに支払われるのでしょう。

これを理解しないままに願い事をすることを続けるのは、
自分の将来を相手にゆだねているのだと気づくことが必要かもしれません。



関連する過去記事
占いは人生を変えられるか?   http://blog.so-net.ne.jp/emerald-heart/2009-03-19
お金をいただくことについて-対価-
                     http://blog.so-net.ne.jp/emerald-heart/2010-12-24
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様々な依存 [依存症]

DSC02279.JPG
大掃除をしていて見つけたものがあります。
それはオーラソーマやフラワーエッセンスを学んでいる時の資料です。
その中に下記のようなものがありました。

『クライアントの感情を処理する時

不安は答えを切望する。
問う者に答えを与える者は、
問う者を答えを与える者に縛りつける。
しかし、
問う者自身に答えを見出させる者は、
問う者自身を、熟練の回答者にする。

ハリー・A・ウィルマー』


先日のコメント欄のやりとりを見て、
私のことを冷たい奴とか、業突張りとか思った方もいたかもしれない。
どのようなジャッジを下すかは、見た者の自由です。
でも、私はこれまで書いてきたように、
自分に依存させる気はないので、
私のセッションを受ければ楽になります的なアドヴァイスは、したくない。
そして、対価というこの世のバランスの大切さも知っているから、
無償で出来ることの限度があることをも理解している。
だから、セッションの割引とかも無条件で行うことではないと思っています。

セッションをしても、そこで話すことは原則、
答えを与えることではありません。
ただ、勝手にこちらを巫女か予言者のように扱い、
私の言葉を託宣のように扱う人は見受けられます。
けれどもこれは、ヒーリングということの本質を誤解しているといえます。
ヒーリングは自分が変わってもいいと思わない限り起きないのです。
もしも、クライアントの意志に関係なく癒すヒーラーがいたとしたら、
それはヒーラーとは呼べず、侵略者に値するのです。


依存的態度を見せる人の中に比較的多く見られる傾向は、
「悪いのは私じゃない」です。
ヒーリングの現場では決して通用しない観念です。
何故なら、現れてくる全ての事柄に自己責任があるからです。
タグ:依存症
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癒しと依存 [依存症]

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「不安は答えを切望する。
 問う者に答えを与える者は、
 問う者を答えを与える者に縛りつける。
 しかし、
 問う者自身に答えを見出させる者は、
 問う者自身を、熟練の回答者にする。」
                            ハリー・A・ウィルマー

日本は文化的にも、宗教的にも依存しやすい体質が背景にあります。
オーラソーマでは過去世リーディングにおいて巫女的文化をオレンジの中に見る。
そのオレンジのキーワードの1つが「依存」です。

癒しや占いといった業界には、術者とクライアントの依存関係が
発生しやすい。
ここで問題なのは、リピーターがいるのは、
術者が優れているからではなく、
自己に依存させているから、リピーターになっている場合です。
自立心の弱い人は、
「私の言うとおりにすればうまくいきます。」等といった言葉にすがってしまうのです。
そして、リピーターが多いことはその術者を経済的に支援していることになります。

以前にも紹介したことのある冒頭の言葉は、
私がフラワー・エッセンスを通じてカウンセリングを学んでいる時、
先生からいただいたものです。
基本、カウンセリングは答えを与えない、クライアントの言葉をオウム返しすることで、
クライアント自身に気づかせる手法です。

私はかって自分が重症の依存症であったし、
これを癒す過程においては反依存も経験しているので、
この問題については敏感なところがあるかもしれない。
だからこそ、「この人を助けるのは私しかいない」と思わせるような言動は避けてきた。
けれども、そういう態度を冷たいとジャッジされることも、
クライアントがこれにショックを受けることも少なくない。

クライアントへの愛情はさじ加減が難しく、
何が最良とは、なかなかに答えが見いだせない行為なのです。

ただ、私から言えることは、
すぐには答えが見えない時は、その状態を経験する必要があるということです。
1ピースなくなってもジグゾーパズルが完成しないように、
解決のための鍵が全て揃わぬうちは、
どんなに焦っても出口には辿り着かないでしょう。

迷路の中にいることを楽しむのも悪くはないものです。
タグ:依存
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反依存 [依存症]

自分以外の誰か、何かにすがって初めてバランスの取れる状態を依存した状態といいますが、
依存は互いに寄りかかり支え合っているのも1つの形態で、
頼られることで自己を奮い立たせてバランスを取っているタイプも実は、
依存なのです。

しかし、私達人間は「人」という字が示すとおりに、
互いに支え合い、そうして関わり合って生きていける状態になっています。
少なくとも3次元で生きることは、ひとりで存在して生きることは、不可能なのです。
衣食住のどれひとつをとっても他の存在を必要としないものはないからです。
この意味では、相互における依存は健康的とも考えられる関係性です。
ただこれにも程度の問題というのがあり、
何々なしでは辛いというような状態になるのなら、
それは病的な依存症といえるでしょう。

依存症に陥っている人は、大抵第2チャクラにおいてアンバランスが認められます。
ここがじゅうぶんに発達していない時、依存は何らかの形で人生に現れていることでしょう。

この第2チャクラのもう一つのアンバランスが、「反依存」です。
私が自己を含めてみてきたケースでは、
反依存の人は第2チャクラにおいて前後の回転は揃っていても、
他のチャクラとは逆向きに回転しています。

反依存の人は、何でも自分でやろうとしてしまう、
適切に他者と関われないという点では依存と同じですが、
人に頼ることが出来ない、しない状態です。
他者の力を借りることこそがめんどくさかったり、しんどいのです。
先に書いたとおりに、私達は現実には他の誰かの力を借りずには、
生活さえ回らないというのに、
そのように他者と関わり合っていることが心で受け入れられない状態です。
世界でひとりで生きているそんな心理状態にあるかもしれません。


チャクラの逆回転というのは、
まだあまり研究が進んでいない分野ですので、
文献による症例の紹介というものもほとんど見ませんが、
この反依存の状態の人は、実は結構な数がいるように私は思っています。
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日常に潜む依存 [依存症]

CIMG0240.JPG
昨日今日は久しぶりに静かな時間を自宅で過ごしております。
隣の中学校の工事は、校舎がほぼ出来上がったので、外壁と体育館の取り壊しを始めました。
それで、再び騒音と震動の毎日に戻っているからです。
ただ、この工事は日曜と祝日はきっちりお休み、平日八時過ぎから五時まで、
昼休憩もきっちり1時間と、スケジュールはすごく正確なので、
少なくとも時間外は静かではあるのですが・・・。

それで、論文の作成を昨日は朝から続けていたら、夕方には久々に、
チョコレートが食べたくなりました。
文章の組み立てにそうとうマインドを消耗させたようです。

買い物に出かけ、何ヶ月ぶりかでチョコレートを買いました。
3切れほど食べて落ち着きました。

過去記事に書いたようにアルコールや煙草と同じで、
チョコレートや白砂糖も依存物質ですから、
私はなるべく摂らないようにはしています。
といっても、現代社会の中で生きていくのには完全排除は出来ませんから、
自分からはすすんでは摂らないようにしているだけですけれど。
時々食べたくなったりしたら、今回のように食べます。
無理やり我慢はしません。
そのほうがストレスが溜まりますから。

煙草は、アストラル生物がオーラに寄生して宿主の情動をかきたてるわけですから、
この寄生生物の排除が大切ではありますが、
煙草が止められない人というのは、心に絶望を持っている人でもあります。
絶望、特に自分への無価値感を持っている人です。
この苦しさから逃れる無意識の行動が喫煙にもなっているので、
心の中にある絶望を癒すことが、
煙草を吸うことを止められる自分を手に入れる方法でもあるのです。

今、これを書いていたら「はみだしっ子」のアンジーが煙草を吸う絵を思い出してしまいました。
多分、絶望を抱えて生きるために煙草を吸っているキャラクターというところで、
結びついて思い出したのですね。

煙草のアストラル生物は、麻薬のものよりはライトですから、
自力で止められる人が多いのでしょう。
アストラル生物とは言っていますが、これらが寄生するのはアストラル体だけではなく、
エーテル体やメンタル体にも成長した触手が絡みついていきますから、
駆除にはサトルフィールド・ボディ全体の浄化と癒しが効果的なのです。

多分このためでしょう。
オーラソーマの製品を使っているうちに、煙草が止められたという人を結構目にするのは。
まじめにプロダクツを使っていれば、サトルフィールド・ボディは癒され、浄化されていきますから、
アストラル生物は寄生していられなくなっていくのでしょう。

砂糖や食べ物への依存も、脳内ホルモンとの関係ですので、
刺戟物質なしに幸福感が得られればいいだけですので、
やはり、心の在り方が鍵になります。

私達は、何ものにも頼らずに幸せでいられるようになって、
はじめて、
自立した存在になれるのではないかと思います。
それでこそアセンションが叶うのではないのかと感じているのです。


写真、父からもらったカメラで撮ったお試しの一枚です。
新しいカメラに四苦八苦する私に根気よく付き合ってくれたアキアカネでした。
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助けてという勇気 [依存症]

CIMG0291.JPG
あなたは自分が困っている時、「助けて」と言えますか?
昔の私は強がりだし、弱みを晒すようなことに思えて言えませんでした。

最近はさらっと口に出している自分に気づきます。
言えるようになって気がつくのは、
助けてと口にすることは弱いからではなく、
むしろ強さがないと言えないのだと理解するのです。

何事にも揺るがない自分という強さを知って初めて、
この言葉を口に出来る強さを理解するのです。

辛くてしんどくて・・・といういっぱいいっぱになっている時、
助けてということすら気がつかないこともあります。

何でもかんでも人に頼ろうとする方が世の中には確かにいますが、
そのような依存の反作用が、
何でもひとりでやろうとしてしまう、反依存です。

どちらも、病的であることには変わりありません。


自分の背負っている荷物が重くてしんどく感じられたら、
その荷物を減らせるかどうかを立ち止まって考えてみるといいでしょう。
減らし方のアドヴァイスを受けるのもありなのです。

何でも自分でやらなくてはと思っているのは、
実は他者と深く関わることを拒否している表れでもあるのです。




今日の写真は、前回の夕日を夕焼けモードで撮影したものです。
タグ:依存 自立
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依存とエーテルコード [依存症]

今回は、依存関係にある者達が、どのようなエネルギー状態になっているかのお話です。

エーテル体とは私達の肉体の外側にある微細な目に見えない身体であることは、
覚えていらっしゃいますでしょうか?
基本的には肉体とほぼ、同じ形をしています。
しかし、肉体のように3次元の物質で出来ているわけではありませんので、
この意味では固定されたものではないのです。
人が別の誰かと依存関係にある時、支配する側のへそのところから
エーテル体が紐のように伸びて、相手のへそのところに食い込みます。
そうやって直接オーラから相手のエネルギーを奪い取っていて
更に負のエネルギーを流し込んでいるのです。
物理的にある程度離れれば、とりあえずはこのコードは離れますが、
近寄れば即座に再びつながりを形成します。

このエーテルコードというものは、身内や恋人など近しい関係にある者ほど
強力に結びついていたりします。

自分と相手との依存関係に気がついていても、
なかなか関係の改善に結びつかない時、
このコードがあるから、その相手のそばに行くと自己のエネルギーは奪われ
更にダメージになるエネルギーを流し込まれてしまうために
他の人との時のように振舞えなくなったりするケースもあるのです。

では、どのようにすればこれから逃れることが出来るかというと、
大天使ミカエルにそのコードを切ってもらうのが、
1番安全なのです。
天使の中で唯一、武器を持っている彼の剣は、
このような悪しきつながりを断ち切ることに使われるものです。

「大天使ミカエル、今すぐ私のところにおいでいただき、私に繋がる
私の力を奪い取るこの繋がりを断ち切ってくださいますようお願いします。
どうもありがとうございます。」

このワ-クを行ったすぐ後は、少しの間静かに呼吸に集中するようにしてください。


時々、このようにして切り離した相手が無意識に関係を元に戻そうと、
接触してくることがあります。
そのような相手とのお付き合いはよく注意して、
相手に感情的に同調しないように振舞うことが大事です。

もし再び繋がってしまったならまた大天使ミカエルを呼びましょう。
彼は何度でもあなたを助けに来てくれるでしょう。


関連する過去記事

http://blog.so-net.ne.jp/emerald-heart/2009-03-20

http://blog.so-net.ne.jp/emerald-heart/2009-11-04


★2009-12-07の再掲載

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まかせてください [依存症]

2014_0623_151032-CIMG0539.JPG
日常会話でも、ブログのコメントのやりとりでも、
その相手のヒーリングするといいところをみつけることは良くあります。
けれども、私はあまりそれを伝えることはありません。
ヒーリングは自分がやる気にならなければ意味がない行為だからです。
さらに、自分に任せてとは私は決して口にはしないでしょう。
それは、自分のもつ技術に自信がないからではなく、
この一言は、依存を生み出すからです。

ヒーリングの現場で依存があると、なかなか理想の結果には辿り着かないからです。

2014_0623_115025-CIMG0503.JPG

レベル4の登録が完了し、ASIACTのホームページで検索すれば、
私の名前がみつかるようになっています。
同じレベルの人達の名前の並ぶページでは上から二番目の記載になりました。
このページの記載はIDナンバー順だそうで、
しみじみ自分はオーラソーマのなかではベテランであるのだと実感した次第でした。

フラワー・エッセンスは、こうしたものを示すものを何も持ってはいません。
資格を取ったのはバッチでしたので、手放してしまいました。
すでに、セッションでバッチのエッセンスを使うことはないからです。
現在は、オーストラリアン・ワイルド・フラワー・エッセンスを使用しています。
こちらのエッセンスの方が多角的にサトルフィールド・ボディにアプローチできるからです。

クリスタル・ヒーリングにおいては、オーラソーマの中でもっている資格のみです。
ですから、現場では使うことがあっても自分のホームページでも詳しくは記載していません。

ほとんどのヒーリングの資格が外国で取得されるものなので、
私のように国外になかなか出られない人間には、取得が難しいと言わざるを得ません。
オーラソーマでさえ、レベル4から上のコースは、日本では開催されないのです。

結果、自分独自のヒーリング方法を身につけるしかなくなってしまいます。
それがチャクラを癒すことに繋がったのかもしれません。

私という存在は、ヒーリングの技術を学にあたっても他者に依存が出来ないようです。
タグ:ヒーリング
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